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映画「愛を読むひと」感想。ハンナはなぜ文盲を隠そうとしたのか?

どうもこんにちは、NITARIです。

大好きな映画監督のスティーブン・ダルドリー監督作「愛を読むひと」を歴史などの背景も含めて解説します。とてもいい映画なので是非見てください。

「愛を読むひと」のあらすじ

物語は、1995年、ベルリンに生きるマイケルの回想シーンから始まります。

マイケルが15歳の頃、学校から帰るときに気分が悪くて吐いてしまったのを、21歳も年上の女性ハンナに助けられます。

彼は猩紅熱だったので、その後3か月は寝たきりの生活に。
完治してからハンナにお礼に行った事をきっかけに、2人は肉体関係になります。それから毎日のようにハンナの家に通うマイケル。

マイケルが文学に詳しいと知ったハンナは、セックスの前に必ず読み聞かせをしてもらうようになりました。

ハンナは市鉄で働いていたのですが、ある日その働きを評価されて事務仕事に昇格。しかしハンナはある日突然、アパートから消えてしまいました。

それから数年後、ハイデルベルク大学法学部の学生になったマイケルは、特別ゼミの講義の一環として、ナチス裁判の傍聴に行くことに。

そこで裁かれていたのは、第二次世界大戦中にナチスとして働き、300人のユダヤ人を死に追いやった女性たち。その中に、ハンナはいたのでした。

「愛を読むひと」の解説

この映画は、歳の差のある男女の関係を描いた作品のように思えますが、実はユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)を扱った作品です。

私はこれまでも、多くのホロコースト関係作品を見てきたし、過去に何本も記事にしています。

このブログのホロコースト関係の映画はこちら

ホロコーストは非常に重要な歴史的事実なので、とにかく作品にするには気を使わなくちゃならない、という事は何度も言ってきました。

しかしながら、この映画はそれらの作品と比べてもなかなか珍しい語り口になっており、非常に興味深い作品でした。

「愛を読むひと」はナチス側から見たホロコースト

この映画の珍しい点としては、虐殺に加担したナチス側から見た作品であることです。

ホロコーストは、言うまでもない事ですが、過去に前例がないほど凄惨な事件でしたよね。600万人のユダヤ人が殺された事件です。

これまでにナチスは悪の象徴として描かれてきました。
ナチス側からホロコーストを描いた作品としては、「シンドラーのリスト」のオスカー・シンドラーが最も有名ですが、彼は「ナチスでありながらユダヤ人を救った」ヒーローとして描かれています。

今回のハンナ・シュミッツは、ユダヤ人の虐殺に加担しています。
この映画の裁判で描かれるのは、ユダヤ人をアウシュヴィッツに送る「死の行進」の最中に、教会に泊まっていた300人を空襲の爆撃が襲ったが、ハンナをはじめとした看守は教会のカギを開けず、2人を残して全員が焼け死んだ事件です。

ハンナはそこで罪をあっさりと認めています。

彼女はその「死の行進」に看守として参加していたことを裁判官に聞かれ、それを肯定しているんです。

そして最終的には他の看守と皆で書いた報告書は、「ハンナが書いた物だ」という事に関しても認めています。

しかし実はその報告書はハンナが書いた物ではなく、看守全員で書いた物でした。
ハンナは字の読み書きができない文盲だったので、それをハンナが書いたはずはなかったんですね。

ハンナの持っている重大な二つの問題点

この映画で描かれる大きなポイントは、ハンナが文盲である事のように見えますが、それだけでは表装的な解釈かと思います。

もちろん、文盲であることはこの映画ではかなり重要なポイントにはなりますが、そこだけが問題なのではありません。

私は、この裁判でのハンナと裁判官とのやり取りも、この映画の中では非常に重要な点だと思います。

裁判官に「選別をして毎月ユダヤ人をアウシュヴィッツに送っていたという事は、選別をしたものを死に追いやっていたのだ」と言われて、ハンナが「そうですが、新しい囚人が次から次に送られてきたので、古い囚人は送り出さないと、収容しきれません」というセリフです。

ハンナは全く罪悪感なくこのセリフを言ってのけます。
そこには善悪の判断はなく、ハンナは全くここに疑問を持っていないんですよ。

逆に、「じゃあどうすれば?」と疑問を投げかけるくらいです。

「愛を読むひと」が提示する反知性主義へのアンチテーゼ

ハンナは教育を受けていない人物でした。
この映画では、教養のない事の恐ろしさを描いています。

ハンナは教育を受けておらず、自分で考える習慣もなかったんですよ。

本を読むこともできないし、自分が生きていくのが精一杯だったはずです。だから裁判官に問い詰められても、言われた通りに仕事しただけなのに、なぜこんなに糾弾されているのかさっぱり分からないという様子ですよね。

もしもハンナに教養があったら、彼女にはもっと別の人生があったはずなんですよ。

この映画は、教養のない事の恐ろしさ、自分で考える手段を持たないことをの恐ろしさを描いているのです。

もちろん、ハンナ程教養のない人はそれほど多くはありません。実際、他に加担していた5人の女性は当然学はあったのだろうけど、ホロコーストに加担しているので。

しかしながら、ふと自分のあり方に疑問を持てること、そういった教養や素養がしっかりとした教育から成り立つものだという事は、この映画の一つのメッセージです。

「愛を読むひと」のハンナはなぜ文盲を隠したかったのか

さて、ハンナに教養がない事は映画を観ていれば分かることですが、何故ここまでハンナが文盲であることを隠したかったのか?という事と、文盲だからってハンナのやったことを正当化できるわけではない、という点について補足で説明したいと思います。

まず、ハンナがなぜ文盲を隠したかったのか?という点です。

当時、文盲というのはジプシー(ロマ族)を連想させ、差別の対象になっていたからです。

ロマ族とは

差別的に「ジプシー」と呼ばれることもあるロマの人々は、ヨーロッパ各地に暮らす少数民族だ。 もともとはインドから移民してきたと言われ、何世紀にも渡ってヨーロッパ諸国の政府から、人種隔離、迫害、公民権剥奪、退去処分などの不当な差別を受けてきた。 多くの人々がいまだに極度の貧困状態にある。
「ヨーロッパを追われアメリカに逃れるロマの人々」より

長きにわたり差別されてきた、という点でユダヤ人とジプシーは似ているかもしれません。

よく勘違いされていることが多いのですが、ホロコーストでは何もユダヤ人だけが殺されたわけではありません。精神障がい者や同性愛者、黒人や少数民族など、ユダヤ人以外にも差別され殺された人々はたくさんいます。

その中でロマ族も、50万人も殺されているとも言われています。(記録は抹消されているので、正確な人数はわかりません)
歴史上見ても、50万人もひとつの民族が殺されることはそうはありません。しかし、あまりにも多くのユダヤ人が殺されているので、その陰に隠れてしまっています。

話を戻しますと、ハンナが文盲である事がもしもナチスにばれてしまったら、彼女が殺されてしまった可能性も十分に考えられるわけですよ。

映画ではハンナがジプシーだという事を示唆する描写はありませんが、文盲である事で十分に推測できることなんですね。

ちなみに、原作では彼女がルーマニア出身であると書かれているようで、そこからも彼女がジプシーであると推測できるとのことでした。(読んだけど忘れました)

「愛を読むひと」のラストの意味

最後、ハンナはなぜ自殺してしまったのでしょう?

ハンナが出所することになって、所長の女性がマイケルに「彼女は以前はきちんとしていたのに、ここ数年で何も構わなくなってしまった」と言っていますよね。

それはおそらく、字を読めるようになってからの事だと思います。
字を読むことができるようになって、自分で物事を考えるようになってから、自分が戦争中に犯した罪の重さに気づいたのかもしれません。

マイケルは「収容所の出来事で何を学んだ?」とハンナに聞くと、ハンナは「沢山学んだ。字を読むことを」と答え、自ら命を絶ちます。

そしてその後、マイケルは彼女の遺したお金を持って、ハンナの事件の生存者の女性の元に行きますよね。

そしてお金を渡すわけですが、その時に彼女が

「収容所で何を学んだか、と聞かれます。でも、収容所ってセラピー?大学?学ぶものはない。カタルシスが欲しいなら、芝居に行くか、本を読んで。収容所に求めないで」

と言います。

ハンナは結局永遠に加害者であって、そのことに苦しみ命を絶った。
ユダヤ人の女性は永遠に怒りを持って生きているわけです。

最後にハンナの刑務所の部屋が出てきますが、小さくて汚くても、そこにハンナの「自由」があったのだという事がよくわかります。

キレイに並べられたテープや本が置かれ、写真やメモが壁には張られている。
彼女なりにそこで営んできた生活があるんですよ。

そこは、ハンナがユダヤ人を閉じ込めていた刑務所とは全く違うんです。

「収容所は何も生まない」という事は重要な言葉です。

「愛を読むひと」の原作

「愛を読むひと」はドイツ人作家ベルンハルト・シュリンクの「朗読者」が原作となっています。

映画自体、原題は「朗読者The Reader」です。
世界的な大ベストセラーになったものです。

私も読みましたが、映画のほうがよかったという感想でした。
しかし非常に有名な作品ですので、ぜひこの本も読んで、比べてみていただきたいと思います。

まとめ

本当に素晴らしい作品です。やはり主演のケイト・ウィンスレットの演技も重要なポイントかと思います。

単にホロコーストは最悪の出来事だった、という認識から一歩踏み込んだ問題提起的作品ですので、ぜひ見てみてください。

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