戦争・歴史

「シンドラーのリスト」あらすじと評価&赤い服の女の子は?

どうもこんにちは、NITARIです。

先日、ユダヤ人大量虐殺の作品で「ライフ・イズ・ビューティフル」の感想を書きましたが、その時に引き合いに出した名作「シンドラーのリスト」も再見しましたので感想です。

「シンドラーのリスト」のあらすじ

「シンドラーのリスト」は1993年にアメリカで公開されたスピルバーグ監督の映画です。

この作品は翌年のアカデミー賞で作品賞を受賞しています。
おいおい解説しますが、この映画はまさにスピルバーグ渾身の作品と言ってもいいでしょう。作品賞受賞は当然と言えます。

ちなみに、あまりにもすごいなと思う出来事としては、この年は「ジュラシック・パーク」も制作しているんですね。本当にすごい監督です(NITARI、めちゃくちゃスピルバーグ大好きなんで基本推しです)

「シンドラーのリスト」のストーリー

この映画は1939年にドイツ軍にポーランドが占領された時代から始まります。
私がこの映画を内容を知らずに初めて見た時には、主人公がナチス党員というのは意外でした。

まあ、今となってはとても有名な話ではあります。

この映画は、戦争を利用して一儲けしようと思ったナチス党員の物語です。
シンドラーはクラクフにある、潰れた工場を買い取り、そこでホーロー容器工場の経営を始めます。

ポーランド人よりもはるかに人件費を削減できるという事で、彼は会計士イツァーク・シュターンに経営を任せ、工場は大繁盛します。

時代は移り行き、ユダヤ人への迫害が進むと、事業にも支障が出るようになります。
やがてシンドラーの工場で働くユダヤ人たちも、強制収容所に送られてしまいます。

はじめは金儲けの事しか頭になかったシンドラーですが、徐々にその気持ちに変化が現れるのでした・・・

「シンドラーのリスト」感想

シンドラーは実在した人物です。
この映画のラストシーンでは、生き残ったシンドラーのユダヤ人や、その子孫が登場し、シンドラーの墓に祈りを捧げるシーンで幕を閉じます。

多くのユダヤ人を救った英雄オスカー・シンドラーの物語は、この映画によって後世に語り継がれることになりました。

はじめに私がこの映画を観た時は、やっぱりショックでした。
正直に言って普通に生活していて。ホロコーストに関しての理解を深めることは非常に難しいですからね。まさかこれだけ凄惨な事態だったのだという事は知らなかった。

授業で勉強するのであっても、結局はユダヤ人が大量虐殺された、という事しか教わらないので、実際にどんなことが行われたのかまではわかりませんからね。

何の前触れもなしに、楽しみのためにユダヤ人を殺したり、ちょっと気に入らないとすぐに殺してしまう。

その殺される対象は、当たり前のことですが私たちと何一つ変わらない、罪もない一般人です。

分かっているようではあるけど、実際に映画としてみてみると結構ショックなことではありますよね。

「シンドラーのリスト」はおそらく、最も有名なホロコーストを扱った作品であることは間違いないと思います。

後年、「戦場のピアニスト」という傑作が生まれますが、認知度でいったらやはり「シンドラーのリスト」には勝てないでしょう。

なので、当然ですが「ホロコースト」という事を知るのに、この映画のイメージがすごくいろんな方の頭の中には残ると思うんですよ。

スピルバーグの演出が光った点

「シンドラーのリスト」をモノクロにしたこと

そのうえで、最もこの映画を成功させた点をいくつか挙げていこうと思います。
まずは、映画を基本的にモノクロにした点。

これはかなりクレバーでしたね。

先ほども書いたように、この映画のイメージが多くの人の記憶の中に「ホロコーストの実態」として焼き付けられる前提で制作した場合、モノクロのほうが圧倒的に臨場感があるでしょう。

なぜかというと、現在残るホロコーストの記録というのは、ほとんどがモノクロだからです。

この映画を観たうえで、その後生涯を通じて、本物のホロコーストの画像や映像を見る機会があったとして、その認識と映画の認識がなるべくリンクするに越したことはないです。

実際に私も多くのホロコーストの関連資料を見てきましたが、特にユダヤ人を全裸にして選別のために走らせる画像などはほぼ正確な再現だなと思いました。

「シンドラーのリスト」の赤い服の女の子

そのモノクロ映画の中でも、数回にわたってカラーで描写されるシーンがあります。

冒頭の蝋燭の火や、エンディングなどですが、やはり最も重大なのは赤い服の女の子でしょう。

赤い服の女の子は、クラクフのゲットーが解体されるときにシンドラーが様子を俯瞰している際、街をひとりで歩いているのが印象的ですよね。

なんでここで急に赤い服の女の子が現れるのか?
それに関しては、スピルバーグ本人が答えています。

このシーンでシンドラーは「何故あんな目立つ格好をしているのか?ドイツ兵も何故すぐに捕らえないのか?」という疑問を抱いているが、この時点ではホロコーストの事実は既に日常的なものとなっており、女の子の服の色ほど明らかなことだったためとスピルバーグは語っている -wikipediaより-

まあ、この質問と答えが微妙にリンクしていないようにも思えますが(笑)この映画を思い返すのに、必ずこの赤い服の女の子は登場するわけだし、そしてこのゲットー解体のシーンは最も重要なシーンの一つと言ってもいいのかもしれません。

次に赤い服の女の子が現れるのは、ユダヤ人の遺体に焼却命令が出された時です。少女は遺体となって登場します。

スピルバーグ映画の技術

この作品はドキュメンタリータッチに描かれてはいますが、「魔術師」と呼ばれるスピルバーグならではの技術的に優れた演出も観ることができます。

前半部分には特に多いのですが、笑いを取る目的で作られたシーンは非常に巧妙ですね。

秘書の採用試験であったり、収容所送りになりそうだったシュターンを助けるために撮った行動や、収容所でチキンを盗んだ人物を子供が密告するシーンなどは、重苦しい映画ながら非常にウィットに富んでいて大変うまいです。

皮肉を効かせることも忘れないので、不謹慎さもありません。

これが「ライフ・イズ・ビューティフル」との大きな違いですよね。
あの映画は笑わせようと頑張るけども笑いのセンスが軽すぎて全然面白くないし、皮肉がきいているわけでもないので不謹慎な所もあります(そうでもないシーンもありますが)。

それから、蝶番職人のラビが殺されそうになるシーンなどは、完全にスピルバーグの仕掛けの上手さが見えるシーンです。非常に緊張感があって、さすがスピルバーグとしか言いようがない。

スピルバーグはとにかく頭がいいですからね。

細かいところを見ればきりがないほど、この映画にも他の映画と同じように仕掛けが施されているというわけです。

「シンドラーのリスト」の問題点

さて、ここまでは褒めちぎりましたけど、私は何もこの映画を全面的に支持しているわけではありません。

私はこの映画をもう10回ほど見ていますが、最後に観た時までの採点でざっと80点だったこの映画が、数年ぶりに観た今回は65点に格下げになりました(と言っても、私にとっては65点はそれほど低い点ではありませんが)。

そのあたりの事を語ろうと思います。

「シンドラーのリスト」はホロコーストを忠実に伝えているのか?

ホロコーストのような重大な史実を伝える場合、最も注目すべき点は間違いなく「史実を忠実に伝えているか?」という事です。

この映画の場合は、何もシンドラーの実話を忠実に再現しているか?という事ではありません。我々観客にとっては、シンドラーなんか知らない人物なんだから再現度なんかどうでもいいのです。

もちろん、この映画においては、ホロコーストが正確に伝えられているのか?というところに尽きますよね。

先ほども書きましたが、多くの人がこの映画のイメージを「ホロコーストだ」と認識するのです。その点は大丈夫なのか?というところ。

そこに今回私は、「?」が付きました。

「シンドラーのリスト」に描かれなかったこと

アウシュヴィッツ

私はホロコーストに興味があり、実際にいろいろなドキュメンタリーを見たり、実際にアウシュヴィッツに足を運んだりと自分なりにいろいろと勉強してきました。

そのうえで、この「シンドラーのリスト」が著しく事実とかけ離れたものではないとはいえると思うんですよ。再現度は高いと思います。

しかし、この映画には決定的に描けている部分があって、それは「不潔さ」なんですね。

ゲットーに閉じ込められて、その後強制収容所に送られるわけですが、これらの施設の人口密度は尋常じゃありません。

それは、この映画でも描かれてますよね。
冒頭で裕福なユダヤ人が小さな部屋に押し込められてしまったり、強制収容所でもかなりの人口密度で生活している様子が描かれています。

人口が密集するととにかく菌が繁殖します。汚いんです。
実際、収容された多くの人が、感染症にかかって死んでいます。

ゲットーもとてつもない人口が密集していたので、やはり多くの人が感染症にかかってなくなりました。しかしこの映画ではそういった事実は全く描かれていないですよね。

ゲットーで暖を取りながら人々は「ゲットーの中には自由がある」と言いましたが、実際にこのような会話がなされたのかは非常に疑問です。

この点に関しては「戦場のピアニスト」を見れば一目瞭然です。ゲットーにはかなり多くの死体が街に放置されています。
「戦場のピアニスト」では強制収容所のシーンはほとんど描かれていませんが、私が知る限りではゲットーでの生活は非常に正確に再現されているのではないかと思います。

モノクロにしたもう一つの理由

そこがこの映画をモノクロにしたもう一つの理由だと思います。

モノクロにしたことで、この映画は事実の生々しさをいったん緩和させているのです。
カラーで描けば汚い様子がすごく克明に描かれるし、描かざるを得ない。

ではなんで、スピルバーグはその不潔さを描かなかったのかといえば、あまりにも視覚的に拒絶感のあるものは見られないと思ったからでしょう。

例えば収容所で少年少女が連れ去られるシーンで、小さな男の子がそれから逃げるためにトイレの中に隠れます。正直言ってこれがカラーだったら私だってゲーと思いますからね・・・そういう事です。

「シンドラーのリスト」でスピルバーグが伝えたかったこと

はっきり言ってこの映画はすごくわかりやすいです。
スピルバーグはおそらく、心の底からこのホロコーストという現象を多くの人に伝えたかったのだと思うんです。

だけど、そのためには「劇映画」であることは絶対に必要だと考えたのでしょう。

本当に、ホロコーストの事実だけを伝えたいのであれば、アラン・レネ監督の傑作ドキュメンタリー「夜と霧」や、クロード・ランズマンの「ショア―」などを見ればいいわけです。

しかしながら、正直言ってふつうの人はあんまりこんな映画みないですよね。
だからスピルバーグは、「シンドラーのリスト」でいろんな方に観てもらいたいと思った。

でもここで、見るのにも抵抗があるような不潔な描写をするのは、気が引けたのでしょう。

そこがこの映画の問題点ではありますが、まあスピルバーグの気持ちもわからないではありません。

「シンドラーのリスト」はホロコーストを矮小化しているのか?

先ほど少し上げた、クロード・ランズマンは「シンドラーのリスト」を強く批判しています。

この映画の「感動的な描写」が「ホロコーストが何であったのか」を忘却させてしまうというのです。

この点が、私が今回改めてみて感じたことです。

前に観た時にはランズマンの言うほどの問題があるようには思えなかったんですが、今回その点が変わりました。

この映画では、ナチス党員出会ったシンドラーとユダヤ人たちとの心の交流を描いています。

これは実話なので、その点を描いてしまうことはそれほど問題はありません。

しかしながら「ホロコースト」の本質というのは、「シンドラーのリスト」に載らなかったリスト外の人々の事ですよね。

「ホロコーストはひどい出来事だったけど、こんなハートフルなこともあった」と例に挙げるのは危険だというのはよくわかります。

実際シンドラーの救ったユダヤ人1200人は、虐殺されたとされる600万人のたった0.02%でしかありません。

その0.02%を取り上げて、こんな素晴らしい事もあったのだというのは危険すぎますよね。それは私もそう思う。

それからこの映画は前半はとてもいいのだけど、徐々にシンドラーがいい人になっていく描写はあまりにも英雄的というか、「こんな人いるか?」と思うくらいで、現実的ではありません。

実際、シンドラーの妻も「夫を美化している」と言っていたそうですが、実際にこのように素晴らしい人だったとしても、もう少し冷静な視点からの描写が欲しかったところです。

ホロコーストを描くには全体がドラマチックすぎるんですよ。

あと、最初に「いい点」として書きましたが、作品自体が面白すぎる、というのもあります。
スピルバーグは演出の天才なのですが、あまりにも面白くなりすぎるのは良くないんじゃないかなとは思いました。

まとめ

まあ、それでもなお、この映画は何も悪質なほどにホロコーストを矮小化させているとは思えないので、これをいろんな方が見ることについて異論はありません。

その辺が「ライフ・イズ・ビューティフル」とは違う点かと。

とにかくいろんな方の「ホロコーストを学ぶ」入り口になったらベストなのではないかな、と思う次第です。

ちなみに原作本もあります。私は未読ですが。

「戦場のピアニスト」を見るのもお忘れなく。

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