そうでもない映画

映画版「散歩する侵略者」感想・哲学的な作品を解説します!

どうもこんにちは、NITARIです。

今日は、黒沢清の映画「散歩する侵略者」のレビューをしたいと思います。

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映画「散歩する侵略者」あらすじ

出演者

  • 加瀬鳴海 – 長澤まさみ
  • 加瀬真治 – 松田龍平
  • 天野 – 高杉真宙
  • 立花あきら – 恒松祐里
  • 桜井 – 長谷川博己

失踪していた夫・真治が見つかった…加瀬鳴海は連絡を受けて病院へ迎えに行くが、彼は別人のようになってしまっていた。

元々夫の不倫が原因で不仲になってしまった加瀬夫妻。
記憶喪失のような状態になってしまった真治を放っておくこともできずに、いら立ちを募らせる鳴海だった。

一方、同じ町の別の場所では、ある家庭で一家虐殺事件が起こっていた。犯人は捕まっておらず、長女の立花あきらが失踪していた。

週刊誌記者の桜井が事件を追って事故現場へ行くと、そこで不思議な若者・天野と知り合う。

彼は「自分たちは宇宙人で、立花あきらを探しているから、協力してほしい」とのことだった。
当然ながら桜井は彼の言い分を信じない、が、桜井自身も立花を探していたため、行動を共にすることになった。

映画「散歩する侵略者」の解説と考察

私は実は黒沢清が大好きで、割と多くの作品を見ていると思います。
日本の映画監督では一番好きと言えるかもしれません。

「散歩する侵略者」はなんだかんだ見逃してしまっていたので、ようやく見れた、という感じでした。

いやあ、凄く哲学的な作品でしたよね。
調べてみたらこの作品はオリジナルではなく、もともと舞台作品だったようですね。

このシュールな雰囲気と哲学的な内容を見る限り、納得って感じでした。

「散歩する侵略者」の哲学的な内容について

「人から概念を奪っていったらどうなるのかー」

それがこの作品の支柱になっているテーマです。
この映画に登場する「宇宙人」はもともと地球上の概念を何一つ持たない生命体。彼らは人間に入り込み、出会った人々から「概念」を奪う事で人間を理解するという人々です。

ここで、彼らが映画内で奪った「概念」とその結果を見てみましょう。

真治が奪った「概念」

  • 鳴海の妹から「家族」
  • 近所の引きこもりの若者から「所有」
  • 鳴海の上司から「仕事」
  • 鳴海から「愛」

天野と立花が奪った「概念」

  • 見張りの警察から「自分と他人」
  • 謎の組織のリーダーから「邪魔者」

面白いのは、侵略者たちが地球にある「モノ」の事を知ろうとするのではなく、「概念」を奪おうというところですよね。

これは似ているようで全然違います。

例えば、引きこもりの青年から奪った「所有」という概念。
このシーンは非常に面白いなと思ったのですが、この話の流れからいくと真治は彼の「家」を奪おうとするのかな、と思ったんですよ。

しかし実際は「所有」だった。

この映画では具体的なモノではなく「概念」が奪われることによって、奪われた人々に劇的な変化が訪れます。

そして、それらの人間特有の「概念」を奪われた人々は、どこか解放されて明るくなっているのが分かりますよね。

例えば先ほどの引きこもりの青年ですが、「所有」という概念を奪われたことで「家」という概念や他の物的所有欲などが全くなくなっています。その結果どうなったのか。

彼は戦争を嫌う平和主義者になったのです。
つまり彼を通して分かることは、物欲、所有欲こそが「戦争」の間接的、もしくは直接の原因になっている、という事。

家族との問題を抱えていた鳴海の妹は「家族」の概念を奪われたことでしがらみから解放されます。

「仕事」の概念を奪われた鳴海の上司の解放感など、完全にただのアホです(笑)。
私も「ブログ」とかの概念を奪われたらあんな感じで開放的な気分になるのでしょうか?いいなぁ・・・

「散歩する侵略者」の謎な部分

この映画でちょっと分かりづらいなと思うのは、途中で病院が混乱状態に陥っている描写です。これは一体なんでこんな風に混乱していたのでしょうか?

この部分が私にもちょっとよくわからないのですが、宇宙人たちが奪った「概念」のせいなのかなとも思えるんですけど、彼らが概念を奪った人々がとりあえずハッピーになってゆく中で、あの病院で混乱する人々には全く解放感や爽快感はありませんでした。

あれはたぶん、宇宙人たちが「概念」を奪ったせいではない。
映画の最後で小泉今日子が「あのタイミングで侵略があった」というようなことが言われている通り、ここで描かれている「侵略」と「ウィルス」は別物だと思ったほうがいいかもしれません。

ついでに行っておくと、桜井たちを追っていた謎の組織だってよくわからない。
彼らは天野に向かって、「邪魔なんだ」と言って概念を奪われています。

彼らが「邪魔」だという事は、彼らの存在の他に脅威があるのだという事を示唆しているのでしょう。

この映画を観ただけでは、この映画の謎な部分はいまいちよくわかりません。
が、私自身はそこはそれほど重要ではないかなと思います。

この謎に関しては、どちらかといえば結果より考える過程のほうが重要なのかな、とも思います(黒沢清の映画の魅力の一つですよね)。

人類を救う最終兵器「愛」

で、結局宇宙人たちの侵略は成し遂げられないまま人類は危機を乗り切ります。
一体、なぜ?

ここにも大きな謎が残りますが、ここは短絡的に「宇宙人が愛を知ったから」という解釈でもいいのかもしれません。

侵略者はそれまで「愛」という概念を奪う事が出来ていませんでした。
それは、途中で東出昌大が演じる神父が「愛」を真治に語った時にも描写されています。

しかし最後に、鳴海から彼は「愛」を奪う。そこで真治は初めて「人間」の本質を知った、と言ってもいいかもしれません。

一方で「愛」を奪われた鳴海は、すっからかんのがらんどうのようになってしまいます。

鳴海という人間に「愛」しかなかったというべきか、人間を突き動かすものが「愛」なのか?このあたりは解釈の分かれるところだと思うし、この映画だけ見ていてもそのあたりは表現されていません。

人間にとって「愛」って一体何なんでしょうか?

映画「散歩する侵略者」の感想

というのが、とりあえずのこの映画の解説です。
「とりあえず」としたのは、この映画にはいろいろな解釈が成り立つからです。

多くの質問を我々はこの映画に投げかけたいのですが、一方でその質問全てが私たちにも投げかけられているような、そんな哲学的な映画でした。

しかしながら骨格としては、これまで私が見てきた黒沢清の映画の中では非常に分かりやすいな、というのが全体的な印象です。

哲学的な内容ではありますが、起こる出来事をいちいち説明してくれるのでめちゃくちゃわかりやすいんですよね。

私としてはちょっと期待よりも分かりやすすぎた所が正直、微妙でした。

引きこもりの青年が「所有」の概念を奪われたことでしがらみから解放され、戦争を撲滅する平和主義者になる、とかの描写は「なるほどなー」とは思うけど、正直わかりやすすぎてどうもな、と思わないでもないです。

全体的に笑わせにかかってるのは分かっているんですけど、それにしてもシュール感を出しすぎなのもちょっとわかりやすすぎてどうかなと思いました。

こういう「宇宙人の侵略」みたいなことを大真面目に現代社会に落とし込んでいこうとする感じは、非常に若いというか幼いというか、若者がやり出しそうな発想だなと思います。

逆に古いってことなのかな。

この作品がもともと舞台作品だった、という事を聞いて、そういう哲学と熱さみたいなものに納得感があったことはありましたけど。

シュールなブラックコメディとして成り立っているといえばそうですけど、私自身はこの映画自体は説教臭くて他の黒沢清作品ほど好きではないかなっていう感じもしました。

もちろん笑えるシーンも多いんだけどね。

この映画って全体的に構図としては「シン・ゴジラ」に近いと思うんですけど、そのやり方があまりにも直接的だったことが、入り込めなかった原因だったかなという感じでした。

まとめ

という事でこの映画はそれほど好きだったというわけではありませんでした。

しかしながら出演していた役者たちは素晴らしかったですよね。
脇役も良かったけど、やっぱり長澤まさみがすごかったですね。

長澤まさみは本当にいい女優になりましたね。大好きな女優です。

なお、現在この作品はU-NEXTで視聴可能です。(配信終了予定:2020年12月31日)
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