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「レディ・プレイヤー1」の感想・スピルバーグの狙いに賛否!

どうもこんにちは、NITARIです。

今さらですが、ようやく「レディ・プレイヤー1」を観たので感想です。

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U-NEXTには31日間無料トライアル期間があります。

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「レディ・プレイヤー1」のあらすじ

「レディ・プレイヤー1」は2018年のスティーブン・スピルバーグ監督の映画です。

出演者

  • ウェイド・オーウェン・ワッツ / パーシヴァル – タイ・シェリダン
  • サマンサ・イヴリン・クック / アルテミス – オリヴィア・クック
  • ノーラン・ソレント – ベン・メンデルソーン
  • ヘレン・ハリス / エイチ – リナ・ウェイス
  • アイロック – T・J・ミラー
  • オグデン・モロー / 案内人 – サイモン・ペグ
  • ジェームズ・ドノヴァン・ハリデー / アノラック – マーク・ライランス
  • ゾウ / ショウ – フィリップ・チャオ(小林由美子 / 松岡禎丞)
  • トシロウ / ダイトウ – 森崎ウィン(森崎ウィン)

舞台は2025年。貧富の差が広がり、苦しい生活を強いられているウェイドはスラム街のトレーラーでVR(ヴァーチャルリアリティ)ゲームに熱中していた。

その頃は現実世界に希望を持てない多くの人々が、仮想現実であるOASISでゲームに興じていたのだ。それには理由があった。

OASISの生みの親であるハリデーが死去する直前に遺した言葉。それは、OASIS内に彼が残したイースターエッグを手に入れたものに、5000億ドルとOASISの所有権が授与されるというものだった。

そしてイースターエッグを手に入れるためには、3つの鍵を手に入れる事
1つ目の鍵はレースに勝つことだが、この5年間誰一人としてクリアできていなかった。

ウェイドが友人たちと共にゲームに熱中する一方、莫大な賞品を目当てに立ちあげた巨大な企業、IOIもゲームのクリアを計ろうとしていたのであった。

「レディ・プレイヤー1」の感想

見はじめと見終わりでこれほど印象の変わる映画も珍しいかな、と思いました。
私はとにかくスピルバーグの映画が好きですが、特にこの映画に関しては全く予備知識もなく(SFエンタメであるくらい)、それほど過剰な期待を寄せた、という事でもありません。

結果的には、まあまあだったなというのが大雑把な感想ですが、映画を観始めてしばらくは「結構つらいかもしれない……」と思うくらい、あんまりおもしろくなくて困ってしまいました。

まあ、そのあたり全体的によかった点やイマイチだった点も書いていこうと思います。

「レディ・プレイヤー1」の問題点①80年代ノスタルジー

まずこの映画を観終わった後に、滅多にしないのですがこの映画のレビューをAmazonやブログなどでサラッと見てみました。

まあ、あんまり評価が高くないだろうな、と思ったからというのもありますが、思ったよりかなり良くてびっくりしました。

まずこの映画で最も注目すべき点は、かなり80年代のポップカルチャーに対するオマージュが散りばめられている点。

この点に関しては、まずオープニングテーマ曲が80年代バリバリのロックだったことからもすぐにわかりますよね。

私はジャーンとエレキギターのきいたロックを聴いた時点で、なんか一気に80年代に引き戻されたような気がしました。

そして実はロックサウンドだけでなく、この映画はかなり全体的に80年代テイストを敢えて残した「ダサかっこいいデザイン」が採用されています。

そもそも、この映画で使われている「VRゴーグル」(正式な名前は知りませんが)。もちろん仮想現実のアイディア自体は現代にあるものとしても、実際にはこのような世界に入り込んで過ごすことができるほどのテクノロジーは今の世にはありません。

だからもちろん未来の事を描いてはいるんですけど、この仮想現実自体は既視感がすごい(アニメ映画の「サマーウォーズ」みたい・・・)。そして「VRゴーグル」の、今と変わらない形状。

少し前に何かの番組で、落合陽一が「網膜に直接映像を投影する研究が進んでおり、30年くらいを目途に実用化を目指している」といっていましたが、そういう事もありそうな2045年に、現代と形状が全然変わらないゴーグル
なんなら、アイディアだけだったらそれこそ80年代とかにもありそう(SF映画に特に詳しくないので具体的に出てきませんが)。

そして、途中で何度か出てくる、登場人物たちが現実世界で着用するスーツなどの古くささ。

はじめは、「スピルバーグの想像している未来ダセぇ」とか思ったんですけどね、よく考えてみると、オープニングからずっと音楽は80年代サウンドだし、デロリアンとかAKIRAの金田バイクとか、80年代ポップカルチャーへのオマージュも凄いので、全体的なダサい感じも敢えてなのかな、と。

まあ、予備知識がある人だったらそんなの当然だと思うかもしれないけど(笑)。

これまでにスピルバーグはいろいろな「未来世界」を描いてきていて、「マイノリティ・リポート」とか「AI」とかは、当時からしても特に違和感のあるデザインではなかったはずなのに、逆にダサくなってるのはわざとだろうと思ったわけです。

(「マイノリティ・リポート」は舞台が2054年。)

そうやって考えてみると、スピルバーグというのも流石のセンスだなと思うんですが、一方で、「80年代ノスタルジー作品」「あの頃のカルチャーは最高だった作品」を作ってしまう事自体、歳取ったなあとは思うわけです。

(もちろん、原作ありきなことは承知のうえで書いています)

私自身はこの映画には、スピルバーグらしいテクニカルな演出は見ることができなかったので、この映画を観てとてもじゃないけど若々しい、新しい映画って感じはしませんでした。あくまでもじいさんになったスピルバーグの映画って感じでした。

「レディ・プレイヤー1」の問題点②凡庸な前半部分

もう少し問題点を上げてみようと思います(安心してください、私はこの映画は基本的には面白かったので、後半部分でアゲてゆきます)。

それは、この映画の設定と前半部分のストーリーの退屈さです。

まず、仮想現実の中に入ってゲームをプレイするという設定自体が、これもたぶん狙っている事ではあると思うのですが、いたって普通ですよね。

どこにでもある発想。
先ほどアニメ映画「サマー・ウォーズ」を引き合いに出しましたが、そんなのいちいち出さなくても漫画の「HUNTER×HUNTER」とか、映画「アバター」とかいくらでも出てきます。

で、別にそれ自体は悪くはないのかもしれません。設定はそれで王道SF作品でも、どんどん他にはない味を出してくれればいいわけですから。

しかしながら、この映画ではかなり長い間、別に大して面白くないゲームのプレイが続いてしまいます
その感で「お?」と思う点としては、やはり80年代ポップカルチャーへのオマージュ。特に最初のレースでアルテミスが乗っているバイクが金田のやつだった時には、AKIRAフリークの私はさすがに「お?」と思いましたが、そういうオマージュ的なヤツもそれほど私の心を揺さぶる感じではありませんでした(スピルバーグがじいさんになったな、と思うくらいで)。
お金をかけたなあとは思うけど、こういう事ってお金を掛ければ誰でもできそうだし何もスピルバーグじゃなくても誰がやっても受けそう。

それとも、私がそもそもゲームにあんまり興味がなかったからでしょうか?
こういう映像を見るんだったら、妹がプレイしているマリオカートかなんか見てれば十分です。

多分、この映画は映画館で3Dで見たら迫力あったんだろうな、とは思いますけど。

という事で、あんまり心が動かないままストーリーは進んでゆくし、その中で主人公が簡単にアルテミスに惚れたり自分の実名を明かして大騒ぎになってしまったり、正直バカっぽくてあんまり好きにもなれませんでした。

まあこの辺は私の好みの問題かもしれません。

なんで「好みの問題かもしれない」といったかといえば、私がこの映画を前のめりに楽しみ始めたのが「シャイニング」へのオマージュシーンが出てきたからです。

「レディ・プレイヤー1」の魅力①シャイニングへのオマージュ

ここで急に「レディ・プレイヤー1」の魅力、というコーナーにしてしまいます。
もう、私の偏った好み全開ですいませんが、シャイニングが好きで何十回も観ている身としては語らずにはいられない。

このシャイニングのシーンは、正直今までの「ちょっと使ってウケ狙ってみた」なんてもんではなく、それこそ徹底的に再現してしまっているわけです。

これは本当に最高。
スピルバーグとキューブリックが非常に仲良かったという事実を知っている身としては、スピルバーグのキューブリックに対するリスペクトがうかがえるしユーモアにあふれているわけですよ。

キューブリックが、生前スピルバーグの才能を羨ましくて仕方がない、なんて言っていたことも私にとっては印象深く、このシーンはむしろ泣ける。

そして、それまでのオマージュと比べてシャイニングのテイストがあまりにも全く違う、ちょっと浮いてるけどぶち込んでみましたみたいな感じも好ましかったです。

「レディ・プレイヤー1」の魅力②後半のストーリーテリング

そして「レディ・プレイヤー1」はこのあたりから内容としても一気に加速してきます。

現実世界でのトラブルと、ゲームの進行が絶妙にリンクしてゆくわけですが、そのあたりのストーリーテリングはさすがとしか。
特に面白いなと思ったのは、ウェイドが観たソレントの部屋を忠実に再現し、ハッキングした、というシーン。

正直それまで真っ当にゲームをしていただけのストレートな話だったわけですが、ここにきてようやく面白い展開になってきたな、と思いました。

(ただし、ハッキングの方法がソレントがギアに貼っていたパスワードっていう間抜けさはただ事ではないが)

サマンサが捕まってしまったり、そこからの展開はなかなか読めない感じで面白く見ることができました(といっても、最後にはウェイドがヒーローになって終わるんだろうな、とは確信してたけど)。

で、実際最後に拍手喝采が沸き起こりました。

私はスピルバーグは大好きですけど、ほとんどすべての作品で最終的に主人公はヒーローになるので、今回も当然そうなるだろうと思ったらやっぱりでしたよね。
「大勢が一人の成功に湧き上がる」ってシーン、スピルバーグに限らずほんと好きですよね。正直私は嫌い。

「レディ・プレイヤー1」のOASISゲームは面白いのか?

私はそもそも全くゲームをしない人間なのですが、そんな私が疑問に思ったこと。

そもそもこのOASISでのイースターエッグ探索ゲームって、楽しいんでしょうか?
私には特に面白そうな感じは受けませんでした。

そもそも3つの鍵を探すっていうストーリーだけど、その3つの鍵の入り口のヒントはハリデーの記憶ライブラリの中から探すってわけですよね。

で、結局1つ目のレースはハリデーのセリフである「逆走」が正解だった。
映画としては別にいいけど、レーシングゲームとしては「なんじゃそりゃ」じゃないでしょうか?

RPGとかそういうの多いけど、レーシングゲームだと何となくどうかなと思っちゃう。。

2つ目のシャイニングも、正直ちょっと意味わからなかったし。
3つ目のゲームに至っては、もう何が何だか。点がどうとか全然分かりませんでしたが、多分このゲームの中で3つ目が一番面白いんじゃないかなと思いました(知らんけど)。

なんか3つ目のゲームの種明かし見た時、全然分からないけどすさまじいスピルバーグのオタクっぷりを観た気がして、かなりゲームとしては面白いアイディアなんではないかと。

しかしながら、大企業も参戦して苦戦している割には、思ったより簡単にクリアできそうな感じでしたよね。

しかもそもそも、1人が鍵を手に入れちゃったら芋づる式に他の人も鍵を取られちゃうっていうもどうかと。
鍵をゲットするのに必要なのは単に情報だけであって技術は必要ないっていうのもねー。

そういう事では面白いゲームとは言えまい。
逆にIOIは大人数で何してたの?っていう感じ。まあ結局雇われている人はある程度しか力が発揮できないのかもしれませんね。

このゲームはIOI等の企業が参戦したから観ていても面白いものになってたけど、そうでもない限り接戦にもならなかったらすごく微妙だったに違いない。

まあ、正直映画の中の話なので必ずしも面白い必要はないんですけど、ゲームの世界はシナリオがめちゃくちゃ良くできるものが非常に多いので、そのあたりの描写が薄いと微妙な感じがしてしまいました。

私は「HUNTER×HUNTER」が好きなので、前半は「とにかくゲームがつまらないから、まずコレ見終わったらグリードアイランド編を読もう」と思ったわけです。

思えば、前半は本当にゲームしか見せていなかったのに対し、後半ではゲーム以外にもいろいろと詰め込んできたから面白くなったのかもしれません。

「レディ・プレイヤー1」のメッセージ(着地点)

この作品はもともとの始まりが、希望を失った人類が仮想現実に逃げている、というところでしたが、最終的にはハリデー自身が、「現実こそがリアルだ」というところです。

普通の結末ではありますが、私は良かったと思います(OASISに休日をもうけたのは大きなお世話だけど)。

この映画のすごい所って、スピルバーグがとにかくゲームが大好きっていう事が分かることだともいます。

スピルバーグがゲーマーであることは結構有名らしいですが(私は知りませんでしたが)、普通の監督がこの映画を撮ってしまったら、まずは「ゲームにハマることの是非」を問う前提で話を作ってしまったと思うんですよ。

現代でも「ゲーム依存」が病気として認められたりし始めているように、ゲームにあまりにもハマる事が非常に問題視されています。

だから並みの映画監督だったら、要所要所に「ゲームにハマる危険性」みたいな、シーンとまでは行かなくてもセリフやカットを散りばめてしまうと思うんですよ。

しかしながらこの映画は、そもそも「ゲーム全肯定」から始まって、「まあ程々にしたらいいけど、やっぱゲームサイコー」で終わっているところが非常にわかっていらっしゃるわけです。

どっちかといえばゲームによって得られるメリットの方が押し出された(どっちかといえばというよりはほぼ全部)というのはある意味画期的かも。

巨大な会社が命を狙ってこようとも、子供たちが皆でゲームに熱中しようとも、「そもそもゲームがあるからそれに翻弄されている」という描写が一切なく、むしろ「ゲームも仲間によって支えられてるんだよ。リアルも大事」っていう落とし込み方はゲームに対するアプローチとしては100点満点ではないでしょうか?

まとめ

という事で、全面的に肯定できるというわけではありませんが要所要所で好きな部分がありました。

ご存知のようにこの映画には原作があり、その原作のスピリットがどれだけこの作品に反映されているのかは私には分かりません。

分からないのですが、原作に共感したスピルバーグの全て意思であると思ってレビューを書きました。

最後になりましたが、日本から出演した森崎ウィン君、かわいくてグー(・∇・d)

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