どうもこんにちは、NITARIです。

フランスの名作「かくも長き不在」を見ましたので、感想を書きます。

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映画「かくも長き不在」のあらすじ

「かくも長き不在」は1961年フランスの映画です。
同年のカンヌ映画祭でパルム・ドール賞を受賞しています。

主人公テレーズはパリの郊外で小さなカフェ「アルベール・ラングロワの店」を経営している。
パリ祭が近づいたある日、毎日歌を歌ってカフェの前を通り過ぎる浮浪者に眼を止めた。

彼は、16年前に無実の罪でゲシュタポに捉えられ、以降行方不明となった夫アルベールのようだった。

テレーズは彼を自分のカフェに呼び、ディナーをごちそうすることにしたのだが…

フランス映画「かくも長き不在」の感想

かつて映画評論家の淀川長治氏がある講演で、「シンドラーのリスト」について、「あれはオスカー狙いのあこぎな映画」と批判したそうです。

「『シンドラーのリスト』のように闇雲に残虐シーンを描かなくてもナチスの怖さが分かる映画ある」として挙げたのが、この「かくも長き不在」だったとの事。

その票の通り、大変素晴らしい映画でした。

「かくも長き不在」のメインストーリー

メインのストーリーは、戦争で記憶や全てを失った男と、戦争やナチスによって愛する夫を失った女の物語ですよね。

主人公のテレーズは、16年も前に行方不明になった夫を未だに忘れられずに、夫が始めたカフェを切り盛りしています。
そんなテレーズに声をかけてくれる男性もいるわけですが、テレーズは乗り気ではない。

ある時、行方不明だった夫が店に現れる。
テレーズは彼の後を追って、切り抜きを集める手伝いをしたいというわけです。

自分の家族をカフェに呼んで、男を連れてきて見せる。そして、彼に聞こえるように二人の馴れ初めや、彼に何が起こったのかを話をする。

ポイントなのは、テレーズの家族が浮浪者をはっきりと「彼だ」と断言しないところです。これは非常に重要です。

「記憶喪失」を扱った作品は、A級作品からB級作品まで古今東西語りつくされています。戦争を扱ったものでは、「ひまわり」なんかは非常に有名ですよね。

「かくも長き不在」が制作された当初はまだ戦後間もないので、もちろん「記憶喪失もの」は今ほど多くはなかったと思うんです。

しかし、この映画がかつて評価されたというわけでもなく「今もまだ評価され続けている」大きな理由の一つが、テレーズも誰も彼が本当にアルベールなのか確信が持てない、というところから話が進んでいる点です。

実際は彼が夫なのか不鮮明な状態でカフェに招き入れ、夕食を共にする。
もちろんテレーズは彼が夫だと信じているわけです。ディナーの際には美しく着飾っています。

彼は夕食を食べ、音楽を聴き、一緒にダンスを踊る。このぎこちないダンスのシーンはあまりにも美しく悲しいシーンですよね。

そして衝撃のラストシーンが待っています。
この映画はエンディングに2つの驚きの展開が待っていました。

一つは、浮浪者を町の男が負い、彼が事故に遭うシーン
もう一つはその後のテレーズのセリフ

彼女はもう何度も、このように浮浪者を夫だと思い込んでは、同じことを繰り返していたと分かるシーンです。

あまりにも辛くて悲しい独白に胸がつぶれる思いでした。

「きっと冬が来れば戻ってくる」と言い続ける彼女は、冬にはおそらく「きっと夏が来れば戻ってくる」と言うのでしょう。彼女の戦争は、彼女が死ぬまで終わらないんだと思うと涙が出てきませんか。

「かくも長き不在」の戦争へのメタファー

この映画はメインとストーリーは以上のものですが、その奥にも様々なメタファーによって「戦争」が描かれています。

まずは冒頭のパレード。パリ祭で行進する兵器は、メタファーでもなんでもなくそのまま戦争からの圧力を感じますよね。

そしてテレーズが経営するカフェの前の古びた教会。
この教会は、おそらく戦災で朽ちたのではないかと思われます。

そして、衝撃のラストシーン。
浮浪者がテレーズの友人に追われるシーンです。

このシーンの暗さと物々しさ。暗い街角。強調されるシルエット。誰にも求められないのに両手を上げて立ちすくむ浮浪者。

その卓越した撮影技術と編集、主演女優の演技によって、戦争を知らない私達にもその恐怖を思い起こさせるような緊張感い満ちたシーンとなっています。

あまりにもすごい。

そしてもう一つ重要なメタファーになっているのは、「浮浪者」そのものです。
彼はおそらく戦後のフランスを象徴しているのかな、と思います。

この映画が公開されたのは、戦争が終わってまた16年しかたっていない1961年です。
その時代のフランスがどういう状態だったのか完全にわかりようがないですが、「たった15年」という事を考えると想像することくらいはできますよね。

まだまだ戦争の傷跡が強く残っているはずです。

私が注目したのは、浮浪者の「一番古い記憶」の会話です。
浮浪者が野原にいたという事を言い、テレーズが「その時どう思ったの?」と問い詰めるセリフです。

浮浪者「何も思わない。立ち上がり、歩き出した。それだけ。立ち上がり、歩いた。それだけだ」

これは戦争の重要なメタファーになっていると私は感じました。
この浮浪者の存在そのものがフランスを象徴しているのです。

彼は戦争により記憶を失い、目を覚ました時には何もない野原にいた。
「立ち上がり、ただ歩いた」というのは、全く何ももたらさなかった戦争を例えているのだと。

それに対してのテレーズのセリフである、

テレーズ「でも、あなたが見た茂みや野原、そして太陽は、昔見たものと同じでしょ

戦争によって失ったものを信じたくない彼女のセリフが、また胸を打ちます。

戦争は彼らに何をもたらしたのか。そして戦争は我々に何をもたらすのか。
この映画では頭のてっぺんから足の先まで、全身に問いかけてくる映画でした。

「かくも長き不在」主演女優アリダ・ヴァリ

恥ずかしながら、この映画の主演女優であるアリダ・ヴァリの事は知りませんでした。
いやー、本当にすごい女優でしたね。

初めは、「一体誰が主演なの?」と思えるほど、普通のおばさんで何のオーラも放っていないのですが、物語が進行するにつれて増す緊張感はただ事ではない。

最初はただのおばさんだったのが、夫かと思う男の存在でどんどん美しくなってゆく感じもあまりにも圧巻。

そして極めつけはラストシーンの、錯乱した様子。
もう、凄すぎておしっこをちびりそうになってしまいました。

これが、女優なんだな、と思わせてくれるすごい人でした。

しかもこの方、イタリア人なんですね~。昔の役者っていうのはよくフランス人がイタリア映画に出たりとかしてますけど、イントネーションとかどうなんでしょうね?
それにしてもあまりにもすごかったな~

まとめ

とにかくこの映画は反戦映画としては圧倒的なクオリティの作品です。これが、映画の本質だと思うほどにすごい。

是非、見てもらいたいです。

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