どうもこんにちはNITARIです。

昨日見た「リリーのすべて」でエディ・レッドメインにハマったので、今日は彼の出演した「レ・ミゼラブル」を見ました。

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映画「レ・ミゼラブル」のあらすじと概要

映画「レ・ミゼラブル」は2012年、トム・フーパ―監督によって撮影された、ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル映画です。

キャスト
  • ジャン・バルジャン:ヒュー・ジャックマン
  • ジャベール:ラッセル・クロウ
  • ファンティーヌ:アン・ハサウェイ
  • コゼット:アマンダ・サイフリッド(幼少期:イザベル・アレン)
  • マリウス・ポンメルシー:エディ・レッドメイン

舞台はフランス革命後。人々は厳しい貧困にあえいでいた。

ジャン・バルジャンは貧困の中、妹の子供を助けるためにたった一つのパンを盗み、投獄されてしまう。当時のフランスで窃盗は重罪だった。

19年もの刑に服したジャン・バルジャンはついに仮釈放になる。
しかし、服役していた事実を消せないため、方々で虐げられていた。

ある時ジャンは修道院の世話になるが、そこで彼は銀の食器を盗み出してしまう。警察に捉えられるが、司教は「それは差し上げたのだ。銀の燭台を忘れていったよ」と、2つもの銀燭台と差し出される。

ジャンは衝撃を受け、今までの行いを悔い改めて正直に生きてゆくことを神に誓う。

それから8年後、名前を変えて成功したジャンはある市の市長にまで上り詰めていた。しかし、ジャンが経営している工場で働く女性フォンティーヌが同僚のいじめによって窮地に立たされて首にまでなった時、彼女に何もしてやらなかった。
その時、ジャンはジャンで危機的な状況にあった。服役中の刑務官ジャヴェールがジャンの元へ、警察としてやってきてしまったのである。

ジャヴェールはジャンの事を疑っていた。

フォンティーヌには幼い娘がいた。思いつめた彼女は、髪や歯を売り、ついには売春婦にまで身を落としてお金を稼ごうとしていた。
その事を知ったジャン・バルジャンは罪の意識を感じ、彼女と娘を救おうと決める。

そんな折、ジャンの元にジャヴェールがやってくる。彼が言うには、「行方不明になっていたジャン・バルジャンが逮捕された」との事。別人がジャンとしてとらえられてしまったのである。

彼は誤認逮捕された男を救うべく、自分がジャン・バルジャンであることを名乗り出る。追っ手を振り切ってフォンティーヌの元へ。
時すでに遅く、彼女は亡くなってしまった。

しかしジャンはフォンティーヌの残した娘コゼットの元へ行き、虐待から彼女を引きとって、彼女を必ず幸せにする、と決意した。

それからまた9年後。
美しい娘に成長したコゼットは、バルジャンと共にパリで幸せに暮らしていた。

そんなコゼットに一目ぼれしたのが、マリユスという青年。
彼は今のフランス社会を変えるべく秘密結社ABCの一員として革命を起こそうと画策していたのだった。

映画「レ・ミゼラブル」の感想

いやードラマチックな展開ですよね。
息もつかせぬ展開だし、一体どこへ向かっているのか?という感じで、あっという間に時間が過ぎました。

2時間半という長めの映画ですけど、それでも足りないくらいですよね。(だってところどころ無理があったしね)

さて、この映画をいくつかの視点から評価していきたいと思います。

「レ・ミゼラブル」のあらすじ・ストーリーについて

「レ・ミゼラブル」は言わずと知れたフランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーの文学作品です。

が、私はこの作品は他の何でも触れたことがなく、今回が完全に初見でした。
せいぜい、ジャン・バルジャンという男がパンを一つ盗んだだけで大変なことになるらしい、という事しか知らなかったわけです。

先ほども書きましたが、この作品はもっとかなり長いものだったのを、2時間半という時間に短縮しています。「完全映画化」といった言われ方をしていますが、どうやらブロードウェイ・ミュージカルの「レ・ミゼラブル」を映画化したものなので、ユーゴーの原作とはもともと違う部分があったようで。

実際、私があらすじを書くにあたってWikipediaを参考にしたのですが、それは小説のあらすじだったようで、内容が少し違いました。

もちろん私は原作も未読ですが、ざっと内容だけ見る限り、映画よりずっとしっかりした内容のようですね。(当たり前かもしれませんが)

映画を観ている限りでは結構ツッコミどころが多かったんだけど、概ねそれらは映画用に変更された部分のようです。

今回は映画のレビューですので、一旦原作の事を忘れて映画だけのレビューを書こうと思います。

映画「レ・ミゼラブル」の内容の謎な点

そもそも初めから、なんでジャヴェールがこんなにバルジャンにこだわるの??なんか意味あんの?という点から疑問符が湧き出てきました。

かなり最初の時点で仮釈放される前にジャヴェールが「お前を絶対に忘れない」とか言うんですけどまずそれの意味が分からない。
絶対に持てないと思った旗を持てたからでしょうか??ジャヴェールはジャヴェールで敬虔なクリスチャンのようですが、旗を持てたことで逆恨みするとか筋が通っていない。

そう。このジャヴェールとジャンの関係性は意味が分からないし、だから結構面白かったという点もある。

ジャヴェールはジャンの事を目の敵にしている割に、完全に翻弄されているしかなりあっさり逃げられていますよね。それも、何度も。

後半でジャヴェールは革命派の仲間のようなふりをしてあっさり子供に見破られてた点を鑑みても、かなり仕事のできない男なんでしょうか?

歌もヘタでしたし…

まあ、それ以外にもいろいろと気になる点がありましたよね。
コゼットとマリユスの関係とかね。

まあいいんですよコゼットは籠の中の鳥なので、イケメンで男らしいマリユスに言い寄られたらコロっといってしまうのも(暇そうですしね)。

だけどマリユスは完全にヤバい。だってどれだけの時間と多くの犠牲を払って、そして準備を整えて自らの自由のために結束を固めようというときに、「初恋したから無理かもしれん」みたいのあり得ますかね?

いやいやいやいやそこは頑張ろうよ、と思った。

恋をしてしまったから何も手に付かなくなるのはいいんだけど、溺れてしまって実際に「もう革命とか無理かも」みたいなことを普通に平気で周りに言うあたり図太い神経を持っている。

しかも、まあこれを突っ込んだら世の中の何もかもアレですけど、一目ぼれですからね。顔をちょっと見ただけなんで・・・

そういった点などちょっと気になった。

(しかし原作のあらすじを見たら疑問は解消。ちょっと脚色に無理があったらしい)

映画「レ・ミゼラブル」のドラマティックな展開

とはいえ、かなり「ドラマティック!」と思った点もありました。

まずは、全く別人がジャン・バルジャンであると誤解されて逮捕されてしまうという点
これはビックリしました。せっかく正直に生きていこうと思ったのに、しかもジャンがもしも逮捕されてしまったら、町や工場の人間が路頭に迷う事にもなってしまう。

悩むジャン。どうしたらいいのだろうか。

この辺の展開はさすがというか、名著なだけあってアッと思わせる展開でしたよね。
その後割とあっさりジャンが名乗り出るところは「悩むの短いなあ」と思いました。

ドストエフスキーが好きな私としては超ハイスピード展開。ド氏だったら「名乗るべきかどうか」で500ページくらい書いてきそう(そして面白そう)。

まあ、これはこれでわかりやすくて良かったです。

映画「レ・ミゼラブル」のキリスト教的な視点

この作品は当時の作品としてはセオリー通りというか、キリスト教に根差した作品となっています。

罪を犯したジャンは、良心的な司教に救われたことによって、自らの罪を悔い改め、良い人になるみたいな話ですよね。

キリスト教が絡む作品は(欧米文学の古典は多くがキリスト教絡みですが)、このように多くが主人公がいい人になるとか、主人公がダメとかという「善悪」の尺度によってはかられるものが多いです。

「レ・ミゼラブル」なんて最たるもの。登場人物のほとんどが善悪に分けられるわけです。

まあ、そういうとこどうかと思うわ。
私はあんまりキリスト教的勧善懲悪小説が好きじゃないので、面白いとは思うけどどうかとも思うわ。

私が気になったキャラとしては、やはり歌の下手なジャヴェールがあげられる。
彼は映画ではだいぶダメな奴だし嫌な奴として描かれていますが、本当にそうか?と思いますよね。

だって正直言って、彼の立場からしたら確かにジャンは犯罪者ですからね。
「どっちもどっちじゃん」と私は言いたいわけではなくて、まあ視点や立場によっていろんな見方ができるし、何もそんなにジャヴェールを否定的に描かなくても・・・と思った。

原作は分かりませんけどね。

最後にジャヴェールは自分の罪を悔いて(ジャンから逃れたい余りに?)身を投げて自殺するわけです。

この自殺シーンが、痛かった。わざわざあんな痛そうな感じで死ななくても・・・
それはともかく、ジャヴェールは卑怯な奴ですけど卑怯な奴みんな殺してたらどうかと思うし、卑怯だけど別にそんな悪い事してなかったですしね。

ジャン・バルジャンの末路について

最終的にこの映画ではジャン・バルジャンは死んでしまうわけです。
このラストについてもちょっとよくわからないなあと思っていろいろ考えてみました。

大切にしてきたコゼットとマリウスが結婚するという段になって、ジャンは自分の過去によって彼らに災難が降りかかるのを恐れて何も言わずに身を隠し、死んでしまうわけです。

つまり、愛するコゼットの幸せのために自ら不幸な死を選ぶ、という点。
ん?これはもしかして、ジャンが聖人だと解釈すればいいのか?

実際、ジャンが亡くなるときにコゼットの母であるフォンティーヌが出てきて彼を連れていきますよね。

で、この映画におけるフォンティーヌというのも、非常に神聖な存在として描かれています。処女的な存在として。

要するにジャンもフォンティーヌも自らの犠牲によって他を救い、聖人になったのだ、という作品なのかなと思いました。

イエスさんと一緒ですね。ふーん

私はキリスト教のそういう都合のいい所があんまり好きじゃないので、共感はできませんけど面白くはありました。

映画「レ・ミゼラブル」の演出について

さて、ここからようやく映画に関しての話をしたいと思います。

この映画はトム・フーパ―という人が監督しています。
英国王のスピーチ」や後に「リリーのすべて」を監督した方です。

まずは演出の話ですが、別にどうという事はなくいたって凡庸な作りでした。

「英国王のスピーチ」や「リリーのすべて」は、基本的にはそれほど大人数が出てくるような作品ではなく大人しめのものなので、大掛かりなもの、しかもミュージカルをどうやって演出するんだろう??と疑問でした。

「英国王のスピーチ」や「リリーのすべて」は映像美や構図に凝った作品になっていたけど、ミュージカルではちょっとそれは無理じゃないかなあと。

結果的には、きわめて見どころの少ない平凡で退屈な演出だったと思います。割と自己主張の強い監督だと思うんですが、そもそも一体この題材をどうするつもりだったのでしょうか?

クローズアップの多用が目立つばかりで、歌のシーンなどは全くカタルシスも感じられず、カットもぎこちないし素人臭くて違和感を覚えました。

もうちょっとフィックスで見せるとかフルショットを使うとか、何かできなかったものか?

お得意の広角レンズは多少使用を抑えていると思いましたが、それでも全体に漂う「顔で語らせちゃえばいいや」的な、ミュージックビデオ的なノリの演出なのか知りませんけど、なんか中途半端ですよね。
かといって、一流のミュージックビデオ監督のようなセンスの良さも感じられず。

まあ、私の評価として、演出に関してはけちょんけちょんかもしれません(笑)

第三部からの革命に関しては、バリケードのシーンのセット感が半端なかったが、それはやはりお得意の広角レンズでの撮影によるところだと思います。あまりにもお粗末。

とはいえ、狙いすぎの気持ち悪いおしゃれ風の映画に比べれば(「英国王のスピーチ」のような)はるかにましで、特に気になるかと言われればスルー出来る演出だったので、まあ別にそれでもよかったと思いますよ。

他の監督でもよかったんじゃないかな、とはおもいますけど。

ただ、クローズアップの多用を批判している立場からしたら矛盾があるかもしれませんが、アン・ハサウェイ演じるフォンティーヌの「夢を夢見ていた」のシーンは、フィックスに近いクローズアップを一度もカット割らずに撮ったのは、よかったと思います。

アン・ハサウェイは最高でした。

映画「レ・ミゼラブル」の出演者の評価

ラッセル・クロウについて

ラッセル・クロウは歌がヘタだった。
あまりにも歌がいまいちなので、どういうことかと思ってしまいました。

調べたところによると、この作品は主演のヒュー・ジャックマンに至るまでオーディションによって決められたそうではないですか。

そんな中、当然ラッセルもオーディションで抜擢されたんですけど、監督自ら、「ラッセル・クロウの演技はいいが歌には不安があった」といっていたそうです。

あーあ、やめておけばよかったのに・・・

誤解のないように言っておけば、私自身はラッセルに完全に惚れていた時期(「グラディエーター」とか「ビューティフル・マインド」の頃)があってめちゃくちゃ好きでした。

だからまあ愛のある批判だと思って頂ければいいかな、と思いますが、でくの坊みたいでしたね。

屋根の上で歌い始めた時の圧倒的な歌唱力の無さ。なかなかのものです。

特にこの映画は他のキャストが特に素晴らしい。
ヒュー・ジャックマンはもちろんの事、アン・ハサウェイの歌声も演技力もただ事ではないし、そもそも彼のために見始めたエディ・レッドメインの素敵さ。。
麗しいコゼットを演じたアマンダ・サイフリッドなど、見た目も美しければ演技もうまく、抜群に歌も上手いハイスペックの役者たちの中にあって、でくの坊ラッセル・クロウの存在感たるやなかなかのものでした。

ラッセルの歌の下手さに関しては、下の動画を見ていただければ一目瞭然。

単純なリズムを取る事すらできないんだからもう致命的でしょう。

しかしこの動画、何度か見ているうちにラッセルの登場が楽しみになってきて、必死でリズムを取ろうとする彼がかわいらしく愛おしくすら感じるようになってしまいました。
マジでかわいいです。

そもそも監督だって大したことないんだし、この期に及んでラッセルが立派なミュージカル俳優だったとしたら、なーんか完璧すぎてつまらない作品になっていたかもしれません。

大した映画ではないんだから、逆に彼の存在がもっと映画を愛着あるものにしてくれたのではないかな、と思うので、最終的によかったと思います。

エディ・レッドメインについて

リリーのすべて」の公演が理由で「レ・ミゼラブル」を見ようと思ったので、やっぱりエディの事を書こうと思います。

素敵すぎる。あまりにも才能に溢れていて、とにかく感動しまくりました。

この映画は監督があんまり大したことない演出しかしませんでしたが、利点としては映像に寄らない平凡な演出だったために役者の演技はじっくり見ることができたかもしれません。

エディに関しても、ベストな演出とは言えませんが、ちゃんと魅力はしっかり見ることができたのが良かったよね。

もしかしたら監督は、演者にスポットを当てるために抑えめの演出にしたのかも(それにしては中途半端だが)。

とにかくエディ・レッドメインの才能にはどこまでも驚かされました。感服!

映画「レ・ミゼラブル」の感想まとめ

ということでいろいろ言いましたが、結果的にはまあ面白かったけどそんなに大したことなかった、という感じ。

役者はすごくよかったけど。

そういえばこの年、アカデミー賞は何が受賞したのだろう?と確認したところ、「アルゴ」でした。あの映画は完全に駄作だったので、まあほかの候補を見る限り外れ年だったのかもしれません。

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