映画

作り手の立場を考えて映画評論をすべきだと思いますか?

どうもこんにちは、NITARIです。

突然ですが、皆さんはたぶん私が相当毒舌だという事をご存知の事かと思います。 私も自覚しています。

で、毒人間をやっていると、たまに「そんなに言うんだったらアンタ映画撮ってみなさいよ」とか言われたりするんです。

そうでなくても、もう少し優しい目で映画評論したらどうかくらいの事はたぶん結構思われていると思います。

皆さんはどう思いますか?

映画評論に、監督やファンへの配慮は必要か?

こんなことを考えるきっかけになったのが、今日のある方のツイート。

茂木健一郎氏のツイートにこんなのがあったんです。

まあここで「ニュー・シネマ・パラダイス」の有名なラストシーンの事はあえてネタバレはしないでおきます。せっかく茂木さんがネタバレなしでうまい事言っているので。

これを読んだ時には私としては、「ニュー・シネマ・パラダイスは特に好きな映画ではないけど、上手いこと言うもんだ」くらいに思った。

で、このツイートに対して、東浩紀(批評家とか哲学者とか肩書ある人です)がこんなことを返しました。

蓮實重彦というのは、たぶん日本で一番重要な映画評論家です。

で、これを読んだ私は、「ふうん、まあ蓮實ならそんな感じの事を言うだろうな」という感じでした(なぜか上から)。

で、それに対して茂木さんがこんなツイートをしたわけよ。

えちょっと待って意味わからなくなったwwww なんで「実際につくる人の立場に寄り添うのが、素敵」なのだ?

というわけで私はこんなツイートをしたわけ。

別に茂木さんは、「映画を作る人の立場に寄り添わなきゃいけない」といっているわけではなくて、そのほうが素敵だと言っているので、まあ別にそこはほっとけばいいのかなとは思うんだけど。

ただ、まあ茂木さんの言葉から少し離れてしまうかもしれないけど、たまに私のブログなんかを読んで「じゃあお前が作れんのかよ」とかツイートされているのを見かけるんで、この際だから言いたい。

「お前が作れるのか」だと?

無理に決まっている。

そんなもの、当然無理に決まっているし、作る気も一切ない。 昔は映画監督になりたくて映画の専門学校まで通ったけど、もう今は一切そんな気はありません。

まあそれは置いておいて、よく日本では「じゃあお前がやってみろよ」みたいな逆切れを見ることがあるんだけど、それはいかがなものかと思うのです。

「お前がやってみろ」の問題点

ここで、別の方のこんなツイートをご覧ください。 少々映画の話からは外れますが。

これは、平昌オリンピックの時に、女子フィギュアスケート代表だった宮原知子選手に、競技後のインタビュアーが開口一番「残念な結果になりましたが……」と切り出したことで炎上。

それを受けて松岡修造は彼女への労いとお祝いの言葉を第一声に投げかけた、というエピソードが賞賛されたことを受けてのコメントです。

あのシーンでは私も宮原の演技に対して「残念な結果はないだろう」と思ったんだけど、まあそれはそれとして日本のインタビュアーが「選手の感情に寄り添う」のが美徳とされているのには辟易とする。

ミスをしてもインタビュアーのほうからフォローの言葉があったりするとから、本当にうんざりである。なぜ、「なんであそこでミスしたんですか?」とか聞けないんだろうか。

それも、「映画の批判するんだったらお前が撮ってみろ」と同じで、「どうしてあそこでミスしたんですか?」だとなんだかインタビュアーのほうが上から目線の感じになってしまうからですよ。

日本では、インタビュアーの立場が非常に低いんでしょうね。 そして、日本はなかなか「真実を明らかにする」という事に対してあまり興味がないように思える。

これは何もスポーツの世界だけの話ではなくて、インタビューの世界が甘すぎることは何を読んでいてもわかるし、だから基本的に私はあんまりインタビューは好きじゃない。

で、映画の話に戻ると、やっぱり同じことが言えるんですよ。 批評をすると、「なんでそんなに上から目線なんだ」とか「お前撮れるのかよ」とか言われること多々なんですけど、一体どうして映画を撮るプロでもない私が映画を撮らなきゃいけないのか?無理に決まってるだろ。

そもそも「何かを批判」するのに、知識は必要でもスキルは必要ないわけで。 経験とか必要だったらもう、政権批判なんかできませんよ。

「アベノミクスとか、ほんとないわ」とか言う度に「じゃあお前が総理大臣やってみろよ」なんて言われたらどうにもならない。

なぜ批判をするのか?

よく間違っている人がいるんだけど、「批判」=「避難」=「悪口」だと思っている人っていますよね。 だから、「批判」=「悪いモノ」と思ってるんですよ。とんでもない事です。

人が批判をするのは、期待をしているからです。 人が批判をするのは、次はもう少しどうにかしたいからですよ。

私がいろんな映画を批判しているけど、それはそもそも批判することでもっといい作品が生まれてほしいという気持ちと、この映画を観た人にこういう考え方も観てほしいと思っているからです。

ほんとに面白くなさ過ぎてどうでもいい作品は、別にブログにも上げませんからね。メンドクサイし。

もちろん私が見る価値もない「クソ映画」と位置づけているものもありますが、それは単につまらなかったんじゃなくて悪意に満ちた駄作だった場合のみです。

※そんな「クソ映画」はこちら

まとめ

まあ、常々映画の世界がもっと素晴らしいものになればいいなあとか、映画のすばらしさをみんなにお伝えしたいとか、そういう立派なことを考えているわけではありません。

ただ、本当にどうかと思う部分はしっかり露わにしていくことで、本当に素晴らしいと思うものが際立つし説得力が沸くという物でしょう。

私だけの話ではなくて、どうかいろんな人に、何かに対しての批判的な目を持ってほしいと思います。 批評精神がなければ物事も観る目も成長しませんよ。

ちなみに「ニュー・シネマ・パラダイス」をネタバレなしで一言で批評させてもらうと、「人間賛歌」みたいな全肯定的なお花畑感が苦手で好きじゃないけど、ラストは泣いた。