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「グリーンブック」の感想・人種差別の闇を描けているのか?

どうもこんにちは、NITARIです。

2019年のアカデミー賞作品賞を受賞した「グリーンブック」を観ましたので、感想です。

映画「グリーンブック」のあらすじと概要

「グリーンブック」はヴィゴ・モーテンセン主演の映画です。

出演者

  • トニー・“リップ”・バレロンガ – ヴィゴ・モーテンセン
  • ドクター・ドナルド・シャーリー – マハーシャラ・アリ
  • ドロレス・バレロンガ – リンダ・カーデリーニ
  • オレグ – ディメター・マリノフ
  • ジョージ – マイク・ハットン

主人公トニーはニューヨークのナイトクラブで用心棒。
妻と子供を大切にするイタリア系アメリカ人であり、黒人を差別している人間だった。

ある時、トニーの働いているクラブが改装工事をするために、彼は仕事を探す羽目になってしまう。
そんな時、ナイトクラブのツテで仕事を斡旋してもらえる、という事で「ドクター」シャーリーに呼び出され、カーネギーホールの階上の部屋へ。

そこにいたのは黒人のピアニストだった。
彼はクリスマスまでの8週間もの間、南部に向けてリサイタルツアーを行うという。その運転手兼雑用係を探していたのだった。

一度は拒否するトニーだったが、報酬のために彼は結局承諾し、旅に出発。

しかしながら上流階級の黒人ドクとガサツなトニーは、相いれない部分があった。

旅を続けるごとに、二人の絆は深まってゆくのだが。。

「グリーンブック」の解説

この映画をより深く知るために、まずは時代背景をざっくり説明します。

映画を観ていれば大体わかる、シンプルな作品ではありますが、念のため。

南部諸州の「ジム・クロウ法」

この映画の舞台である1962年は、アメリカ南部における黒人の公共施設の使用を禁止したり生活する権利を一部制限する法律「ジム・クロウ法」が適用されていた時代です。

この悪法は1876年から1964年まで存在していました。

適用内容は州によって違うのですが、一例としては病院・バス・電車などの利用の制限や、交際・結婚の禁止、白人と黒人の学校の分離などです。

なお、この法律によって差別されたのは黒人だけでなく、黒人の血の入ったもの、ネイティブアメリカンや黄色人種なども含まれていました。

黒人ドライバー専用ガイド「グリーンブック」

この映画のタイトルにもなっている「グリーンブック」は、映画の中でも描かれているように、黒人のみが利用できる施設のガイドブックです。

ドクやトニーの経験したように、当時は南部に行くにつれて黒人差別がかなり厳しくなっていました。

南北戦争後に奴隷制度が廃止されてからも、黒人の財政状況はおおむね厳しいものだったようですが、戦後になって中流階級の黒人たちも現れ、彼らが自分たちの車を所有できるようになりましたが、一方で彼らが安心して宿泊したり食事をとれる施設は限られていました。

そんな時代に黒人たちの間で広まったのが、この「グリーンブック」だったわけです。

戦後のイタリア系アメリカ人

この映画では黒人ピアニストが南部で差別を受けるという描写が大きく描かれていますが、主人公がイタリア系移民であることも無視できない事実です。

日本人からはイタリア系アメリカ人もそうでないアメリカ人も違いが分かりづらい感じですが、この映画ではしっかりとイタリア系であることが区別されて描かれています。

イタリア系は柄が悪く、マフィアとのつながりがあるような印象を持たれていました。
「ゴッドファーザー」のようなイメージですね。

元々イタリア系は「ファミリー」で固まるといったイメージもあり(この映画でもクリスマスのシーンなどで強く家族の絆が描かれていますが)、どちらかといえば負のイメージがもともとはあったようです。

この映画に描かれている頃は、その負のイメージから脱皮しつつある時代の出来事でした。

「グリーンブック」の感想

とまあ、いろいろな予備知識は映画を観た後に日本や海外のWikipedia等で調べたことで、もともとはそれほど詳しく知っていたわけではありません。

で、そんなまっさらな状態でこの映画を観た感想としては、「別に普通の映画」って感じでした。

この映画がアカデミー賞を獲得したことに関して疑問視する声が上がっていたことは知っていましたが(具体的にどういう理由なのかは敢えて調べて行きませんでしたが)、映画全体を見た限りでは別に問題があるようにも思えませんでした。

私個人としてはマハーシャラ・アリが大好きだし、ヴィゴ・モーテンセンも今までにない役でチャーミングだと思いました。

「グリーンブック」の作品のクオリティについて

映画のクオリティとしては、非常に大したことない陳腐な作品だなと思いました。
作りが全く持って平凡で、何一つ珍しいものがない。手法として何百回も観たことのあるようなありきたりなロードムービ―なんですよね。

育ちも人種も違い、もともと相いれない二人の人間が一緒に旅をすることで、やがて心を通わせてゆく、というストーリーはあまりにもよくあるパターン。

フライドチキンを食べるシーンとか、トニーがピアノを喜ぶシーンとか、はっきり言ってあまりにも当たり前すぎて逆にすごいな、と思いますよね。

私自身は別に王道の作品でもいいと思うんですが、王道ながらも何かひねりをくわえないとどうにもならないよなー、って思うわけです。

人種問題の扱い方もあまりにもありきたりだし説教臭いわけです。誰がみたってこの映画が何を言いたいのかが分かる。

「グリーンブック」のユーモア

この映画の悪い所はシンプルで王道すぎること。説教臭いこと。

一方で、私はこの映画がそうはいってもそれほど悪いという風には思いませんでした(歴史を調べる前までは)。

まず一つに、この映画がユーモアに満ちている事。

淡々としたシリアスな作品だとしたら、こういう映画は見ていていかにも教訓的でイライラするところでしょうが、細かいところが割としょーもなくて面白い。「クスっ」とさせてくれるチャーミングなユーモアにあふれていることです。

どんなに王道な作品でも、大したことない脚本だろうとも安っぽかろうとも、「クスっ」とさせてくれるユーモアがあるだけで、まあまあ私としては見るべきものがあったな、と思うわけです。

マハーシャラとヴィゴはなかなか笑いのセンスが洗練されていると思います。もちろん、演出もです。

「コメディ」とか言ってるけど全然笑えない作品や、「ちょっとユーモラス」程度の作品が多い中で、細かい部分で笑わせてくるのはとっても重要なことだと思いますよ。

ドクとトニーとトニーの妻との手紙のやり取り

この映画のストーリーは圧倒的に普通であるという事を言いましたが、ただ一点他とは違うなという描写が、トニーとトニーの妻の関係の描き方でした。

普通このようなロードムービ―では、長い時間離れ離れになった二人の間の行き違いのような描写があることが多いのですが、この映画にはそれがなかった。
ただ二人は純粋に思いあっていて、最後までそこに疑問がない所は非常に珍しい点です。

そしてその二人の愛情に、ドクがちょっと加担する、という展開はとてもセンスが良くて好きだなと思いました。

このエピソードを描く事で、トニーと妻との関係性を描くばかりでなく、トニーとドクとの関係も上手に描かれるし、3人が非常に微笑ましく魅力的であるという事がうまく説明できるわけです。

この部分に関しては脚本が非常にうまい
それ以外は特に脚本の技術面で見どころの無い映画ですが、この点に関しては非常にうまいと思いました。

マハーシャラ・アリとヴィゴ・モーテンセンの魅力

私はものすごくマハーシャラが大好きなので、今回も素晴らしく素敵な演技を見せてくれて大満足です。最高にかっこいいですよね。

気高い黒人としてのツンとした表情も、ステージの上で歯を見せて笑う彼も、動揺して困惑する演技も全部素敵でそれを見ているだけで楽しくなるんです。

最近も「アリータ」で悪役をやっていました。
アリータ」も大した映画ではありませんでしたけど、マハーシャラはすごく素敵で、彼が出ているシーンはワクワクするんですよ。

いやー、本当に素敵。

一方この映画のヴィゴも素晴らしかったと思います。
ヴィゴは昔から知っている役者だし、私の大好きな「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルンなんかが非常に印象的で、家族のうちでは彼の事を普段から「アラゴルン」と呼んでいるくらい。

しかしながら私は昔からヴィゴは大根だと思ってたんですよね。
アラゴルン役もすごく好きではありますが、別にうまくはないと思っていました。(てゆーか、いつも同じって感じ)

今回のトニー役は素晴らしかった。ヴィゴっていったら上品なインテリと言ったイメージですが、トニーを見ていたら実はヴィゴはトニーみたいな人なんじゃないか?と思うくらいでした。

字を間違えながら手紙を書くシーンなんか、とにかく微笑ましい以外の何物でもないわけですよ。(本当に手紙のシーンが好きです)

「グリーンブック」が批判される点

さて、これが予備知識なしでの私の「グリーンブック」評でした。
もちろん、いろいろと調べた後でも基本的な感想は変わりません。

「ありがちで説教臭いロードムービ―だけど役者がいい」と言ったところでしょうか。

この映画がアカデミー賞作品賞に相応しいかと聞かれたら、映画の質としてはガッカリなので相応しくないというしかないけど、笑えたし個人的には嫌いじゃないって感じでした。

しかしながらこの映画が作品賞を受賞したことに対して一部から批判的な声が上がっています。

スパイク・リー監督は受賞が決まった瞬間に席を後にしたそうだし、「ブラック・パンサー」で主演を務めたチャドウィック・ボーズマンも批判的なようです。

どの点が批判的なのか初めは分かりかねたのですが、いろいろと調べてみていくつか分かってきました。

黒人差別を描いた映画なのか、差別を通じて仲良くなった二人を描いた作品なのか?

ドクはこの映画の中で幾度となく理不尽な差別に晒されて傷つけられ、大変な思いをしています。そんな彼を傍で見ながら、もともと黒人に対して差別心のあったトニーも彼らの事を理解してゆく、という話なんですよね。

そういった内容の作品ではありますが、この映画は基本的には2人の関係性を描く目的で作られているというのは、問題であると私は思いました。

一番思ったのは、「グリーンブック」という本の扱い方。
私はこの映画をみるまで、「グリーンブック」というものの存在を全然知りませんでした。

黒人専用のガイドブック。
これはものすごくアメリカの黒い部分を描いている作品なんですよね。

このガイドブック自体は、主に南部で、黒人たちが不快な思いをしないため、もしくはできる限り軽減できるように作られたものではありますが、彼らの歴史を象徴としたアイテムであることは間違いないですよね。

その本のタイトルがこの映画のタイトルになっているにしては、あまりにも軽い内容ではないのかな、という点がまず一つ。

それから、私もざっくりとアメリカ南部は北部に比べて特に人種差別の色が濃いという事は知っていましたが、「ジム・クロウ法」という法律の事は知りませんでした。

この映画ではドクがいろいろな所で、宿泊を断られたりトイレを断られたり、挙句にゲストとして呼ばれたレストランでの食事を断られたりしているわけですよね。

この事実の背景に「ジム・クロウ法」というものが存在します。
もちろんこの映画を観たアメリカ人は、多分この法律の事は学校で習うのでしょう。周知の事実かと思います。(数年前の映画「ドリーム」でも似たような差別の描写がありましたが、そちらの方が描き方はうまかったかと。)

だとしても、ますますこの映画がこれほど評価された理由は謎です。
この映画においては人種差別は個人の問題、という風に描かれているように見えたからです。

もっと根の深い話だったはずです。
トイレを断るのも、レストラン入店を断るのも、そういう事が伝統的に非常に多かった、という事ではなく「黒人を差別しろ」という法律があっての事なのだから。

私は決してここに描かれる白人の事を正当化しているわけではありません。
そうではなく、この地域そのものの持つ「黒い歴史」「黒い制度」や「当時の黒人たちがどのような存在だったのか」を描かずに、二人のハートフルな友情だけを描いて人種差別を否定している気分になっているのだとしたらお門違いではないか、と思うのです。

白人専用のレストランを拒否された黒人が理不尽に耐えきれず、コンサートをボイコット。見ている側は「してやったり!」と思ってスカッとするシーンですが、支配人としては決まりに従っただけですっぽかされて意味わからんと言ったところでしょう。

もちろんそれは大変な問題ですが、その時にドクがどのように感じたのかはあまり関係なく、その時代がどうだったのかという事をもう少し別の方向から見定める必要があったのではないかなと思います。

この映画ではトニーとドクは友情に恵まれますが、トニー以外の家族たちが同じようにドクを受け入れられるかは非常に疑問です(妻はもともとレイシストではないので受け入れられたのですが)。

「グリーンブック」や南部の黒い部分をモチーフにしながら、結局のところ二人の友情を描く事ばかりに注力した姿勢は批判に値するし、2人の感情を描く事で人種差別そのものを矮小化してしまいかねないことだと思います。

この映画では黒人文化に関して様々な言及がありますが、あくまでも話のネタ程度。
最も重要なのは、ドクがどうして危険を顧みずに南部へのツアーを引き受けたのか。

ロシア系のバンドメンバーが「大きな勇気によって」と言っていますが、この話の時にナット・キング・コールが同じステージに黒人として初めて立った時の事を言っています。

その絡みで、「勇気を持たないと時代は変わらない」という事を伝えたいのだと思いますが、この重要なセリフはバンドメンバーによってではなく、ドク本人によって、セリフではなく体現して欲しかったなと思います。

まとめ

というわけで、よくある失敗した人種問題映画となってしまった「グリーンブック」ですが、人種問題と言えハッピーな内容で日本でも受け入れられるでしょう。

マハーシャラが素敵だったので、まあいいかなって感じです。

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