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「ダンスウィズミー」ネタバレ感想。シニア世代におすすめのミュージカル映画

どうもこんにちは、NITARIです。

矢口史靖監督の「ダンスウィズミー」を観ましたので感想です。

ミュージカル映画「ダンスウィズミー」のあらすじ

出演者

  • 鈴木静香 – 三吉彩花
  • 斎藤千絵 – やしろ優
  • 山本洋子 – chay
  • 村上涼介 – 三浦貴大
  • 渡辺義雄 – ムロツヨシ
  • マーチン上田 – 宝田明

主人公の鈴木静香は一流企業に勤める勝ち組のOLだが、今の暮らしに今一つ満足感を得られずに過ごしていた。

ある時、姪っ子と一緒に訪れた遊園地の片隅にある催眠術のアトラクションで、「音楽を聴くと自然に歌って踊ってしまう」という催眠術をかけられてしまう。

仕事先で、憧れの村上涼介から頼まれた仕事のプレゼンの最中に歌いだしてしまった静香。その後も村上との食事中にお店で踊り、賠償として高額を請求されてしまう。

無一文になり焦った静香は仕事を休み、自分に催眠術をかけた催眠術師を探すことにするのだが・・・

ミュージカル映画「ダンスウィズミー」の感想

ちょっと厳しい作品でしたね・・・
今回は少々、いいところを見つける方が難しいといった作品になってしまいました。

「ダンスウィズミー」のキャスティング

いろいろとこの映画には大きな問題点があるのですが、その中でも最も重大な点からお話しようと思います。

それは、この映画の主演女優の三吉彩花が歌もダンスも全くできない、というところです。

この映画はミュージカルに対する違和感を映画にした、という設定の作品です。
私はミュージカルは比較的好きなジャンルなので(実はね 笑)、自然に見ることはできるのですが、もちろんミュージカルに違和感がある、という人がいるのは理解できます。

その違和感を逆手にとって、音楽が流れると歌って踊ってしまう催眠術にかけられる、というのは面白い設定だなと思って、割と楽しみにしていました。

しかし、実はこの映画は設定だけ珍しい感じにはなっていますが、歌って踊るシーンに関してはなんてことない普通のミュージカルです。

この映画はミュージカルの違和感をテーマにしているので、主人公が歌いだしたら周りも歌う必要は別にないはずなんですけど、演出上は普通のミュージカルとして演出している、普通のミュージカルなんですよね。

そんな「普通のミュージカル」なのに、主演女優が歌もダンスもダメっていうのは正直見ていてかなりフラストレーションがたまりました。

もう少しとがった作品にしちゃって、演出上も歌っているのは主人公だけ、っていう風にした方がシュールで面白かったかもしれないし、それだったら主演女優が歌もダンスもダメでもよかったと思います。

主演を歌もダンスもできない三吉彩花にした理由

普通の観客だったら「主演は歌もダンスもダメじゃーん」で終わってしまうところだと思うんですが、ここではもう少し踏み込んで、じゃあなんで「歌もダンスもできない女優をミュージカルの主演にしたのか」というところを考えてみたいと思います。

まあ、考えなくても簡単なんですよね。美人だからです。
主人公は美人がいいので、顔とスタイルが抜群の三吉彩花をキャスティングしたのは明々白々でしょう。

これが私が最も問題だと思った点です。

ミュージカル映画なのに歌もダンスもできない美人を選抜するのは性差別的だし前時代的と言わざるを得ません。

そもそも「ラ・ラ・ランド」が公開されたときにもアメリカで批判の対象になったこととして「性差別的である」という意見がありましたが、割とアメリカのオーソドックスなミュージカルというのは、現代も昔のまま演出すると性差別的な表現が目立つ可能性があるんです。

ひらひらで女性的で煌びやかな衣装を身にまとった美人が歌い、美男子と恋に落ちるという描写は現代の作品としてあんまり適切ではない、と批判を受けかねません。

もちろん、日本ではあまり言われることがないでしょう(日本人は多くが男性も女性も性差別主義者なので、このような批判をしたら私のほうが炎上しかねません)。

しかしながら、特に目立った能力もない俳優がミュージカル映画の主演に抜擢されたのは単純に見た目がきれいだからだ、というのはちょっと問題です。

それって、ミュージカルに対してあんまり誠実な感じもしませんよね。ミュージカル舐めてんのか、と思う。

私は「ラ・ラ・ランド」を批判している立場なのですが、やはりエマ・ストーンの歌はどうかなあとは思いましたが彼女の存在感や演技力には疑いのないものを感じましたので、キャスティングに関しては特に問題があるとは思えませんでした。

しかし「ダンスウィズミー」は男優があまりイケメンではない三浦貴大に、その持ち前の演技力でイケメンビジネスマンを演じさせている一方で、主演には能力のない美人を当ててくるあたりは確信犯的で問題があると思います。

(三浦貴大は非常に好きな役者で、今回もよかったと思います。)

ミュージカル映画「ダンスウィズミー」の差別的な描写

主演が能力のない美人だという事で批判したくなったのは、差別的な描写が彼女だけにとどまらないからです。

問題はもう一人、主人公の静香と一緒に旅をする、デブでブスなフリーター斎藤千絵の存在です。

主人公を能力のない美人にしたと思ったら、友人役で能力の高いブスを使ってくるとは完全に確信犯でしょう。

この女優、やしろ優は歌もダンスも演技も平均以上でなかなか見せてくれましたが、問題はこのキャラクターです。

「デブでブスでイケメンにキャーキャー言う、だらしないフリーター」という、これまた「能力のない美人」に匹敵するか、それを上回る差別的でステレオタイプなキャラクターを設定してくるあたりには少々悪意を感じました。

このキャラクターの存在もそのまんま思いっきり差別的ですよね。

この辺りになってくると、もうこれは多分20年前の映画なのかもな、とすら思ってしまいます。

矢口史靖は、最近の映画とか漫画とか見ないんでしょうか?

ミュージカル映画「ダンスウィズミー」のリアリティのなさ

映画の設定自体が、「催眠術にかかって音楽を聴くと歌って踊ってしまう」というところはファンタジーなので納得ができるんですが、問題はその他の細かい部分の設定の甘さとリアリティのなさです。

まず、例えば歌って踊って大変なことになってしまったレストランの賠償に関して、企業が直接個人に対して責任を問うのでしょうか?

そもそも、見るからに高級なレストランで、そんな貧乏くさいことをするとは思えません。お店は保険に入っているかもしれませんし、あれほどの問題を起こした場合はそれ以前に警察沙汰になるに決まっています。

催眠術師を追っている金融会社の存在もあまりにもステレオタイプで安っぽすぎるでしょう。

そもそも、主人公が一流企業に入っている勝ち組のOLだけど何か満たされないものを感じている、という描写や表現もありきたりすぎて全然心に響いてこないし、女子社員たちの会話のわざとらしさと薄っぺらさは観ていてうんざりしました。

設定がファンタジーな作品だったらなおさら、設定以外のところでどう観客を説得するかがこういう作品ではカギになると思うんですよ。

それが、この映画のように全部が監督の妄想で出来上がっている夢のような作品だった場合、観ていて突っ込み疲れしちゃって嫌な気持ちになります。

20年以上前だったらそれでもよかったのかもしれませんが、最近の観客はもっとずっとシビアで合理性を重視しています。

設定以外で「そんなわけないじゃん」って思わせてしまうと誰もついてこれません。

何度も言いますが、矢口史靖は最近の漫画やアニメなどを観ないのでしょうか?
少しでも最近の若者文化に触れていれば、ファンタジーに見える作品がどれだけ合理主義かはわかるはずです。

シニア向けのミュージカル映画「ダンスウィズミー」

つまり、この映画はシニア向けです。

そもそも弾き語りや街中でのミュージカルなどこれほど大騒ぎしておいて、一切SNSの存在が無視されている時点で完璧シニア向け。

矢口史靖やアンチSNSなのでしょうね。

最近ではやや珍しい、純然たるロード・ムービーに展開していくのは悪くない運びだと思いますが、これほど栄え要素満載の展開にもかかわらず全くSNSを無視してくる感じは、もちろんわざとだと思います。

現代っぽさみたいなものをあえて排除したかったんだろうな。これだけ前時代的な作品を作るのは難しいですからね。

それならそれで、シニア向けとしては別に問題ないのではないでしょうか?
おそらくシニア世代の多くはこの映画を見て性差別的であるとか時代錯誤であるとかは思わないだろうし、予定調和で無理のある展開でも大いに笑ってくれるでしょう。

「ダンスウィズミー」は、現代の高齢化社会のマジョリティに見事に迎合した作品だったのかもしれません。

NITARI
NITARI
ゲー。

まとめ

というわけでかなり酷い作品を見せられて胸やけがしております。

が、最後に一つだけいいところを挙げるとすれば、差別的で質が低く見どころの薄い素材ではありますが、矢口史靖はシナリオが上手で、方々に散った要素を最後にうまくまとめ上げた手腕は褒めるべきところがあると思います。

単純に、構成力があるんでしょうね。
この人に掛かればどんなくだらなくて不愉快な作品もうまくまとまるのかもな、と思いました。

才能があるだけに残念ですね。