どうもこんにちは、NITARIです。

大好きなロマン・ポランスキー監督の秀作「おとなのけんか」の感想と解説をします。

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映画「おとなのけんか」あらすじ

「おとなのけんか」は2011年、ロマン・ポランスキーが監督したコメディーです。

出演者
  • ペネロピ・ロングストリート – ジョディ・フォスター
  • ナンシー・カウワン – ケイト・ウィンスレット
  • アラン・カウワン – クリストフ・ヴァルツ
  • マイケル・ロングストリート – ジョン・C・ライリー

11歳のザッカリー・カウアンは、同級生のイーサン・ロングストリートを棒で殴りつけ、前歯を2本折ってしまった。

ザッカリーの両親であるナンシーとアランは、イーサンの家でペネロピとマイケルとそのことについて話し合っていた。

アランは大物弁護士で、話し合いの最中にも何度も電話がかかってきては中断させている。そんな夫にうんざりしている、投資ブローカーのナンシー。

金物商のマイケルと作家でリベラルなペネロピ。

子供の喧嘩について友好的に話し合いをする4人。しかし、話し合うにつれてだんだん険悪な雰囲気になってゆき・・・

映画「おとなのけんか」のネタバレ感想

80分という非常に短い映画で、すべてがロングストリート家でのワンシチュエーションで描かれるコメディーです。

これがまあ、とにかくひたすらに面白い。

シンプルな作りなようですが脚本が見事だし、役者たちの圧倒的な演技で笑わせてくれます。

項目に分けて説明していこうと思います。

「おとなのけんか」の脚本の巧さ

まずはここでしょう。脚本です。

この作品は、もともと舞台作品を映画にしたという事で「なるほどなー」と思いましたが、とにかく脚本が凝っていて面白い。

ふつうに考えて、会話だけで1時間半持たせるのはかなり難しいのですが、この作品ではそれを自然に行っていますよね。

まずこの映画の脚本を観ていくうえで注目したいのが、ストーリーの始まりですでにメインの話し合いは終わっているという点です。

ナンシーとアランは、冒頭でペネロピが供述書を書き上げると直ぐに家に帰ろうとします。
ここで帰ってしまえば、この映画は成り立たない。

ふつうの感覚から行けば、子供の喧嘩によって大人たちが集まったら、その会合の最初から作品を作ってゆくのが当たり前。だって、帰るところからではもう話し合いは済んでしまっているから。

しかしこの作品では、もう話し合いがほとんど終わった状態から始まる。
初めから描いてしまったら、説明的な話し合いをくどくどと続けなければならないので、一気にそこをそぎ落として、後は4人の会話で何があったのかを推測させるという手段に出たんですよね。

これ、ほんとに上手い。

さて、そうはいってもアランとナンシーが帰ってしまったら話は終わりなので、脚本上不自然でないように上手く仕掛けています。

それ以外にも様々な要素を盛り込んで、4人の人物像を浮き彫りにしてゆきます。

「おとなのけんか」で描かれるメタファー

この作品で面白いのは、だんだん4人の主義主張が際立ってきて、立場が目まぐるしく変わってゆく点です。

初めはお互いに、「子供たちの両親」として話し合いを始めました。

しかしながら、話してゆく間に男たちは「働く男」として意見を重ね、女たちは「アホな夫に苦しむ妻」として意見が合う。

だからといって単純に男vs女に分けられるわけではありません。

エリートvs商人だったり、リベラルや動物愛護と、とにかく焦点が目まぐるしく変わってゆく様を見るのは圧巻ですよね。

細かい描写も非常に面白くて、ナンシーがゲロするのはすごくショッキングなシーンですけど、ゲロで画集が台無しになるというのは爆笑ですよね。
ペネロピっていうのはアートが好きでリベラル(よく見ると、机の上に国連の旗が置いてあったりユネスコのポスターが掲げてあったり)ですが、何となくいけ好かない感じ。

そもそも客が来るのにテーブルに大切な画集を置いておくとかどうよ?と思いますよね(笑)

お茶をするのは予想外なのかと思いきや、夫がコブラ—とかいうお菓子をこの時のためにとっておいてるので、彼女がアート好きをアピールしたかったのは明々白々。

(そしてアート好きとしては、この画集がベーコン、ココシュカ、フジタなど・・・リベラルとしては合格点すぎるセレクションでそれがまた笑かしてくれる)
で結局そのアピールだった画集がゲロで汚されるという…w

リベラルにありがちな、身近な事を社会全体の問題にすり替えたがる感じとかもよく描けていて面白いです。

結果的に彼らはそれぞれの主義主張をし始めて感情的になり、暴力にならないまでも大人とは思えないような低レベルな言い合いになる。

この映画は4人の個人が描かれているけど、実際はまるで社会の縮図のようですよね(という感想自体が私のウザいリベラルに基づいているのか?笑)

トランプが大統領になる前の作品ですが、なんというか予感させる雰囲気があります。
ペネロピの存在がまんまアメリカのリベラルを浮き彫りにしてる感じっていうか。

「おとなのけんか」で描かれない人種問題

しかしながら、この映画に出てくる4人は特に人種的に云々できるような特徴がないのも珍しいと思いました。

私はアメリカ人ではないので、アメリカでどの人種がどのような描かれ方をするのかなど詳しくは分からないのですが、社会派の作品として描こうとするならたぶんユダヤ人は出てくるだろうと思うんです。

ロマン・ポランスキー監督はユダヤ系ですしね。

しかしこの映画でペネロピとマイケルは普通の職業だし特に人種的な特徴はなく、しいて言うならカウマン夫妻がエリートでいずれもドイツ系ではありますが特にそこから示唆できるものはないようです。(勉強不足でそう見えただけなのかもしれませんが……)

どうしてポランスキーがこの作品でルーツの問題を描かなかったのか少し不思議ですが、ステレオタイプの作品にしたくないがために狙ったのだとしたら、ほんとにすごいなと思うわけです。

「おとなのけんか」の役者たちの魅力

それにしてもこの映画の役者たちの力量たるやすさまじい。

特にカウマン夫妻を演じたケイト・ウィンスレットクリストフ・ヴァルツの面白さは圧巻中の圧巻。

ケイトはこの作品のほかにコメディらしいコメディを観たことがないように思えるのですが、この人のにじみ出る可笑しさは大変なレベルだと思います。

クリストフ・ヴァルツは、私の大好きで仕方ない「イングロリアス・バスターズ」であまりにも魅力的なハンス・ランダを演じていますが、「おとなのけんか」でもアホなエリート弁護士を完璧以上に演じ切っていますよね。

一方でロングストリート夫妻は一歩後退してしまう感が私にはありました。

ジョディ・フォスターはその神経質な感じを完璧に演じてはいましたが、彼女自身からにじみ出るアホみたいな可笑しさはないんですよ。真面目で退屈なんです。

彼女の演じるペネロピが真面目で退屈だからかもしれませんが。

そういえばジョディのコメディは観たことありませんが、本人があんまりおもしろくないんでしょうか?
最終的にぶっちぎれちゃうんですけど、そのあたりオーバーアクトであまり良くない。もちろん悪くはないんだけど。

にじみ出る面白さといったら、ケイト・ブランシェットなどにでも演じさせたほうが面白かったんじゃないかとも。

ジョン・C・ライリーはもともとそれほど好きではありません。
バカなお人よし役ばっかりですよね~

何に出てもあんまり印象がない。まあー「CHICAGO」ですかね、一番印象的なのは。

この映画でも別に悪くはないですが真っ先に忘れてしまうタイプの役者です。

まとめ

とにかくこの映画は何度見ても面白い!愉快でたまらない映画です。

私は基本的に、「大人」っていうのはただ感情を隠して我慢しているだけのような感じがして嫌なんです。

この映画で結論は何も描かれていませんけど、本音すると大体人は皆こうだよっていう感じがすごく面白かったです。

まあ、支離滅裂な話し合いになったんじゃしょうもないですけどね(笑)

ポランスキー作品関連で以下参照のこと。

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