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古代ローマ・アッピア街道の歩き方とみどころ~カラカラ浴場・カタコンべ

「すべての道はローマに続く」という有名な言葉はこの道から始まった。

ローマからまっすぐに伸びるアッピア街道の歩き方と見どころを解説します。

古代ローマの旧アッピア街道とは

旧アッピア街道っていうのは、紀元前312年に執政官アッピウス・クラウディウスによって敷かれた道路です。

まあこのころはローマっていうのは、国を何とか広げよう!と頑張っていた時だったんですね。

で、ローマから馬を引く舗装道路があればかなり便利だぞ。ということで、アッピア街道が敷かれました。

このアッピア街道、最終的にはイタリア半島を横断して、長靴のかかとくらいのブリンディシっていう町まで続いていくんですが、最初はカプアという町までバーンっとほぼまっすぐに通っています。

この間、その途中のテッラチーナという町に行ってきました。

その山頂の遺跡からアッピア街道が見えるんですけど、

テッラチーナのアッピア街道

こんな風に、本当にまっすぐなんですね。

しかもこの町では、沿岸の断崖が行く手を阻んだので、その断崖を36メートルも削って道を通しちゃった。

それだけ何が何でもまっすぐにしたかったんだよねえ。

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まあ、当然そのほうが物資輸送も有利だし、どこかへ攻めるのも瞬時にできるかもしれない。

しかし、その分、敵も利用しやすいわけで。
この道があるから敵にも利用される、とかは考えないらしいです。

強いですね、いろんな意味で。

アッピア街道みどころ完全ガイド

アッピア街道の地図を作りましたので、これに添って解説していこうと思います!

アッピア街道の歩き方

実際に私が歩いた方法は、「ほぼ徒歩」です。

カラカラ浴場から出発して、クィンティーリ荘まで10キロ以上歩きました。
これだと見たいものは全部見られるのでおすすめです。

もしくは自転車を借りるというのもおススメかな。
自転車を利用して見学している人は結構たくさんいました。

アッピア街道前の公園事務所前で借りてゆっくり見て回るのもおすすめ。

ただ、街道はぼこぼこしていてめちゃくちゃ足場が悪いので、おしり痛くなると思います(笑)

バスで行くんだったら、旧市街中心のヴェネツィア広場やカラカラ浴場のあたりから118番のバスが出ていておすすめです。

サン・セバスティアーノのカタコンベで降りて、そこから歩いてもいいかもね。
ただし、118番は確か30分に1本くらいしかなかった気がします。

チェチーリア・メテッラの墓あたりまで見たら、付近からまた118番で市内に戻ってもいいし、クインティーリ荘まで行ってもいいかもしれません。

それだったら省エネで見学できます。

ただ、私としてはチェチーリア・メテッラからクインティーリ荘までの何にもないアッピア街道が歴史を感じさせてすごくおすすめではあります。

では行ってみましょう!

①カラカラ浴場

アッピア街道を歩く、というと起点になるのが「カラカラ浴場」です。
古代のお風呂の遺跡ですね。

「お風呂の遺跡」とか言ってこういうのを想像する人はさすがにいないと思うんだけど、

お風呂のイラスト

多分こういうスパ施設っぽいの想像すると思うんだけどね

スパ施設イラスト

まあ絵がひどいことは置いておくにしてもだ。

では実際の「カラカラ浴場」をご覧下さい。

カラカラ浴場内部

とにかくでかい。

 

カラカラ浴場のフロント部

スパ施設とかですらなくて、もう、大きさとして横浜アリーナとか、さいたまスーパーアリーナとかいうレベルの大きさなんですね。

でもまあ実際にここは浴場でした。
カラカラ帝という人が建てた浴場です。

カラカラ帝は弟を殺したとか悪い話が多い人で、五賢帝の後の人なんで、ローマ帝国自体の力が衰えている時代の話です。

規模はかなり大きいけど、運動場があったりサウナがあったりと、まあ今でいう健康ランドとかとあまり変わりはないです。

ローマ帝国のお風呂というと、とにかく「テルマエ・ロマエ」の印象がかなり強いと思います。

で、ローマの遺跡をいろいろとみて回るとね、「テルマエ・ロマエ」っていうのが、古代ローマの「お風呂」という文化にスポットを当てた作品ではなくて、いかに古代ローマ=テルメ(テルマエ)かということが分かります。

もう、お風呂を語らずして古代ローマは語れないんですね。
普通に古代ローマの民衆のことを語るときに、必ずお風呂と闘技場っていうのは出てきます。これはね、徹底している。

闘技場っていうのは言うまでもなくコロッセオみたいな劇場ね。

とにかく古代ローマは「お風呂とエンタメ」中心に回っていたといっても過言ではありません。「パンとサーカス」と言われることが多いです。

それはたまたまそういう風になったのではなくて、国策として娯楽施設を充実させて市民の支持を得ていたから、当然といえば当然なんだけど。

それにしてもこれほど大きな建造物もなかなかないぞ。というくらい。

カラカラ浴場内部

 

カラカラ浴場

雄大ですね。

カラカラ浴場のモザイク

私の好きなモザイクです。
古代ローマの浴場にはよくモザイクが敷かれています。

地下にも行くことができることを発見。

カラカラ浴場の地下への入り口

地下はローマ市内最大級のミトラ教の集会所だったらしいです。

ミトラ教っていうのはローマの時代に栄えた宗教なんですけど、入教しても他言してはいけなかったらしいんですね。

この後に行った古代オスティアでも、浴場の地下に集会所があったんで、だからナイショにするために浴場の地下に作ったのかな?

カラカラ浴場の地下

ちなみに男しか入教できなかったんだって。

ちなみにこのカラカラ浴場、夏場は夜にオペラが開催されることで有名です。

カラカラ浴場のオペラ

ステージが設置されてました。

カラカラ浴場自体は、コロッセオとかから少し離れてはいるんだけど、せっかくローマに来たからには見てもらいたい規模の遺跡です。

まあ、でかいんで。

でかきゃいいのか?っていうこともありますけど……

②サン・セバスティアーノ門

さて、ここから少し歩くとサン・セバスチアーノ門という、アッピア街道始まりの門があります。

サン・セバスティアーノ門

アッピア街道の入り口です。

(ローマ市内からすれば、出口です)

この門自体はアッピア街道建設よりもずっと後、3世紀に作られたそうです。

ちなみにこの門は小さな博物館になってて、屋上まで登れるんだけど、これが意外ときれいで楽しいので非常におすすめです。

しかも屋上から景色が最高!

サン・セバスティアーノ門からの眺望

ローマの町とは思えない緑あふれる景色だよね。
案外楽しくて長居してしまいましたが先に進みます。

ここからほんの数十メートルのところに……

③第一マイルストーン

第一マイルストーン

第一マイルストーンがあります。

第一マイルストーン

こちらは、カンピドーリオの丘から当時の数え方で1マイル(1000歩らしいです)のところに置かれたマイルストーン。ここからアッピア街道を下るにつれ、一マイルごとに置かれていました。

ちなみに、第一マイルストーンのこのあたりはマジで道が狭いうえに交通量が半端なく多いので、ゆっくり見学どこじゃないです。

アッピア街道見学の注意点

旧アッピア街道は今は車道になっているので、かなり交通量があって歩くのは非常に困難です。歩道もありません。

どういうことかといえば、

アッピア街道

のどかできれいな道に見えるかもしれないけど、とんでもないことです。

この道路幅で、2車線で車がビュンビュン高速で通り過ぎてゆくわけですよ。
もう、ほんと危ない。交通量が多いことは知ってたけど、歩道がないとは知らなかったんで困りました。

で、あとからガイドブックを読み返してみると、欄外にちいさーく、「途中までは旧アッピア街道ではなくて歩道向けの道を歩くのが良い」みたいなこと書いてあった。

つまり……

アッピア街道の危険

この、赤の線のところを通らなきゃダメだったらしい。

これは欄外ではなくてちゃんと書いてほしかった!

なんでかといえば、この辺の観光にはバスを使うんですけど、そのバスの量も少ないので、私みたいに歩く人も多いと思うのね。

まあ、歩いてる人私しかいなかったけど……

④サン・カッリストのカタコンベ

アッピア街道にはたくさんのカタコンベがありまして、サン・カッリストのカタコンベは、そのうちの一つです。

実は私はここには立ち寄らなかったのですけど、有名な見どころですので書いておきます。

他のカタコンベもそうですが、内部はツアーで見学です。

⑤サン・セバスティアーノのカタコンベ

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サン・セバスティアーノのカタコンベは、建設当時はセメントの採掘場だったそうで、ローマでも最古にして最大のカタコンベです。全長は12キロにも及ぶらしい。

このカタコンベはツアーに参加して見学しました。

私が着いたのが11時前くらいだったんだけど、英語のツアーが11時15分からっていうことで、始まるのを待っていました。

サン・セバスティアーノ聖堂

さて、地下に潜るのでカーディガンを羽織り、ツアー開始。

こんな感じでめっちゃ深くに潜っていきます。

サン・セバスティアーノのカタコンベ

この後に気づくことになるんですけど、私って地下が好きみたいです。

地下とか、洞窟が好きですね。なんでなんでしょう。

さて、ここからはカメラ禁止(←知らずにバシャバシャ撮って怒られた人w)なので、公式の写真などでどうぞ。

サン・セバスティアーノのカタコンベ内部https://www.getyourguide.jp/より

こんな通路が、永遠に続いています。
完全に迷路で、はぐれたら必ず死ぬ……

サン・セバスティアーノのカタコンベ内部https://www.viaggiovero.comより

日本では墓所っていうとかなりおどろおどろしいイメージですけど、ここはそんなことないです。少なくとも私には。

日本だったら「霊が見える!」みたいに言いたがる人が大騒ぎしそう。

サン・セバスティアーノカタコンベ内部Roma. Le catacombe di San Sebastianoより

この3つの小さな建物は、古代ローマ遺跡です。

カタコンベの浅い層の部分に少し広い空間があって、この小さな家(?)みたいのがありました。

これは、カタコンベができる以前からここにあったものだそうです。

この建物の上にカタコンベが建てられて、さらにその上に教会が建てられたんだって。
だからこの遺跡は、お墓とは直接関係はありません。

地下に眠っていたので、かなりきれいな状態で保存されていました。
フレスコ画とか装飾もあって、見ごたえたっぷり!!

さて、この部屋が最後で教会に出ます。

サン・セバスティアーノの美人ガイド

まあ、何に一番驚いたかといって、このガイドさんの美しさです。

以上がカタコンベでした。

アッピア街道の本線!

このあたりから、ようやく車の交通量が減ってきて、いよいよ「アッピア街道」らしさが姿を現します!!

アッピア街道

のどかできれいな道です。

この日は少し曇っていたので気温も低くて、本当に歩きやすかった。
これ日が出てたら本当に歩ききれなかったと思います。

さて、サン・セバスチアーノ聖堂からほんのちょっとのところにあるのが、こちらの遺跡。

⑥ロムルスの廟

西暦300年前後の皇帝マクセンティウスが、愛息ロムルスのために造ったロムルスの廟。

ロムルスの廟

中にも入れます。

ロムルスの廟内部

二つの部屋からなっていて、こちらは手前の四角い部屋。
壁画なんかもありました。

そして奥が廟になっている部分。

ロムルスの廟内部

かなり面白いです。

ロムルスの廟

マクセンティウス帝が一族のために作ったが、彼自身が戦死してしまって血筋は途絶えたらしい。

マクセンティウスといえば、フォロ・ロマーノにもロムルスの神殿がありますよね。

なんかいろいろ調べてても悲しい記録しか残ってないマクセンティウス帝がすごく気になっています。

ちなみに、ここは無料で入れます。
こんな遺跡を無料で観れるなんてどうかしてるぜローマは。

⑦マクセンティウスのヴィッラ(競技場)

マクセンティウスの競技場

ロムルスの廟の隣にあるのが、この競技場跡。
建物自体は多くはないんだけど、敷地がものすごく広くて、長さは520メートルあるらしい。縦長の競技場です。

マクセンティウスの競技場

この競技場自体、息子であるロムルスの葬送競技のためのものだったらしいです。

マクセンティウスの競技場

しかし!
完成前にマクセンティウスは戦士して、この競技場は一度も使われなかったとか…

⑧チェチーリア・メテッラの墓

チェチーリア・メテッラの墓

中世の城のようだなと思ったんだけど、作られたのは紀元前1世紀らしい。
中はそれほど大きくはないんだけど見た目がとにかくきれい。

三頭政治を始めたクラッススの義理の娘の墓だそうです。

チェチーリア・メテッラの墓の前

ちなみに、ここはカラカラ浴場と共通券(あとクィンティーリ荘も)になっているのでお得です!

この辺は見どころ満載!

【おまけ】アッピア街道のカフェバー Appia Antica Caffe

そして、アッピア街道沿いでは唯一、この辺はレストランとかバーみたいのがちょっとあります。

ここを逃すとお店は無くなるので、私もとりあえず食べることにしました。

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こんな、ちょっといい感じのカフェ。

頼んだのは、アーティチョークとツナのサンドイッチ。

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私はアーティチョークが好きです。
このサンドイッチもおいしかったな!

⑨カポ・ディ・ボヴェ荘

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カフェからすぐのところにあるテルメ(浴場跡)です。

ここは公開されたのは2006年と、結構新しいらしいです。
モザイクがきれいに残ってた。

トイレをお借りしたのですが、ここにはおっちゃんとおばあちゃんの係員がいて、めちゃくちゃ親切です。

もういいよ……というくらい、アッピア街道の説明をしてくれました(笑)

その隣には、屋敷みたいのがあって、小規模な博物館みたいになってるんですね。
でまあ、2分もあれば見終わる博物館なんだけど、係員のおっちゃんが話しかけてきて、裏口にあるモザイクの壁画を見せてくれました。

そのおっさん、めちゃくちゃ嬉しそうに、「写真を撮ってあげるよー!」なんつうのでお願いしました。

モザイク壁画と私

このおじさん、英語が流暢ではないんだけど、とにかく暇そうで私の存在がうれしかったみたいで、奥にある、浴場に水を引いてた時の水道の跡を紹介してくれました。

古代ローマ時代の水道

んで、なぜか盛り上がっておっさんから「一緒に写真撮ってもいい?」と言われ、なんでww?とか思ったけど快く承諾しました。

素敵な浴場跡だしおっちゃんもおばあちゃんも優しいから、皆寄ってあげてね。

旧アッピア街道の遺跡たち

アッピア街道沿いの遺跡

アッピア街道は完全にまっすぐな街道すぎて、思ったよりも全然歩くのが大変ですが、とにかくこんな感じで左右に遺跡がゴロゴロ転がってるんですね。

いちいち写真とかに収めてられないくらいものすごい量の遺跡です。

アッピア街道の道

これがアッピア街道の道です。

この道がずーっと続いているわけではなくて、今のローマ市街にあるようなキューブ型の道もあるんだけど、たぶんそれはのちに舗装された道路で、オリジナルはこの道だと思います。

この道、今でこそボコボコしているんだけど、もともとはビシーっと平らだったらしい。

長年かかってこのようにボコボコに変化したんだって。

ちなみに、この道はすごく考えられていて、まず目に見える石の道の下にも何層にも砂とか砂利が敷かれていて、水はけがいいように作られています。

さらに、よく見ると分かるんだけど、ちょっと山形に道路が作られてるので、雨の際は左右に水が逃げるようになってるんですね。

アッピア街道の遺跡 アッピア街道の遺跡

この辺はもう、何の遺跡だかわからない。

美しくのどかな道ですが、この日は結構暑かったのと、足場は悪くて歩きづらい。しかもマジで一直線なので、結構精神的に疲れましたね(笑)

ちなみにここを歩いている人はほとんどおらず。アッピア街道は自転車レンタルが結構盛んで、たまにサイクリングの観光客などが通ります。

歩き出しのアッピア街道入り口からクィンティーリ荘のゴールまで、なんと約6キロ!

なかなか思ったよりハードでした。

アッピア街道終着点

⑩クインティーリ荘

アッピア街道をずっと下っていると、こんな看板が。

クインティーリ荘入口の看板

その角を曲がると、

クインティーリ荘付近の馬

馬とかがいますが、入り口もあります。

クインティーリ荘の入り口

クインティーリ荘とは?

まあ、その名もクィンティーリさんという人が2世紀ころ建てて住んでたらしい。

当時はローマ郊外で最も広大な住まいだったらしいですよ。
亡き後はコンモドゥス帝によってさらに拡大されたということ。

「地球の歩き方」によると、コンモドゥスがこの地が欲しいから彼らを殺したという説もあるんだって。

しかし、コンモドゥスといえば、映画「グラディエーター」で主人公マキシマスをいじめた男として有名ですね。

しかも、この人から「五賢帝」時代が終わったみたいになっている愚帝というか、暴君として有名です。

コンモドゥス【楽しく学ぶ世界史】愚鈍なるローマ皇帝、コモドゥス より

しかし私はこの映画のコンモドゥスは嫌いではないんですね。

ゆがんだ感じがかわいいんですね。
お姉ちゃんのことを好きになったりしてましたね。映画では。

まあ、いろいろ悪いことしてたんだけど、剣闘士に憧れて自ら闘技場に立った事実もあって(映画でも描かれてましたけども)、バカっぽくてちょっとかわいいです。

ちなみに、剣闘士の恰好というか、ライオンの皮?みたいのかぶってる像が有名です。

コンモドゥスの像

バカみたいですね。

クィンティーリ荘の遺跡

それにしてもクィンティーリ荘、確かに敷地はものすごく広くて、郊外って言ってもローマにすごく近いのにこれだけの広さを持っているってすごいと単純に思いました。

地図を見てください。

クインティーリ荘の地図

青く囲ったとこが概ねの敷地です(ここが公開されているだけで、敷地自体はもっと広いのかもわかりません)。

で、建物的なものがあるのはその中で赤く囲ったところだけなんですね。ほぼ。
当時の門とかは周りにちょこちょこありますが。

基本的には本当に広大な土地の中心に建物があるぞ、という感じ。
まるで地方の別荘みたいです。

(ちなみに今も発掘作業は進められているようなので、当時はもっといろいろあったのかもしれませんが)

クインティーリ荘の岩

もはや元は何だったのかよくわからない岩の塊になった遺跡

クインティーリ荘の朽ちた遺跡

こんなです。

打ち捨てられた感じがものすごくかっこいい遺跡。すごく好きです。

クインティーリ荘の劇場跡

地図上では建物自体が小さいのかも思うんだけど、土地が広大なのでそのように見えるのであって、実はかなり設備の整った邸宅であります。

ちょっとした劇場的なのもあったり。

クインティーリ荘のお風呂

しかし、やはりというかなんというかやっぱり一番素晴らしいのは、この浴場でしょう。

個人宅としてはあり得ない大きさ。
なんでも、高さが14メートルもあるそうです。

クインティーリ荘のタイル

床のタイルがきれいで、現代の浴場みたい。

クインティーリ荘

クィンティーリ荘、よかったです。

なんか、ここにきて確信したんですけど、遺跡って何がいいといって今はもう滅亡している感じがいいんですよね。

ローマ帝国の遺構なんで滅亡しているのは当たり前といえば当たり前なんですけど、なんかこう、好きな遺跡っていうのは必ずしも保存状態がいいものとは限らないです。

特に私の場合は、だけども。

クインティーリ荘

かなりおすすめでした!

アッピア街道からの帰り方

ここからはバスでメトロの駅へ向かって、そこから帰ります。

大体、118番に載ればローマ旧市街へ、664番などなら、メトロのColli Albani駅(終点)まで行けるので、割と行きやすいと思います。

ただし、118番は30分に1本くらいなので注意が必要。

アッピア街道巡りの感想

アッピア街道、素晴らしかったですね~。

やはりとにかくも美しいね。

しかし、この日は曇りで最高気温29度くらいだったので歩けたけど、炎天下だったら無理でしたね。

途中、一瞬だけ太陽が出ただけでも「無理~」っていう声がうっかり出てしまうほどにつらかったので。

この後は雷雨の予報になっていたから若干焦ってたんだけど、家に着いたら雷雨をワクワクと楽しみにしていたのに、雷雨どころか一滴も降りませんでしたね。

とにかく、古代ローマ遺跡を存分に楽しむんだったら大変おすすめのコースです!

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