おすすめ

「ボヘミアン・ラプソディ」感想!評価と批判点を解説します。

どうもこんにちは、NITARIです。

若干乗り遅れましたが、「ボヘミアン・ラプソディ」を観ましたので感想です。

なお、現在この作品はU-NEXTで視聴可能です。(配信終了予定:2019年11月30日)
U-NEXTには31日間無料トライアル期間があります。

「ボヘミアン・ラプソディ」をU-NEXTで観る。

「ボヘミアン・ラプソディ」のあらすじ

「ボヘミアン・ラプソディ」は2018年に公開された、ブライアン・シンガー監督の映画です。

出演者

  • フレディ・マーキュリー – ラミ・マレック
  • メアリー・オースティン – ルーシー・ボイントン
  • ブライアン・メイ – グウィリム・リー
  • ロジャー・テイラー – ベン・ハーディ
  • ジョン・ディーコン – ジョゼフ・マゼロ

主人公フレディはゾロアスター教徒ペルシャ系移民出身で、本名をファルーク・バルサラと言った。彼は好きだったバンドのヴォーカリストが脱退したことを知り、彼の代わりにヴォーカルとして歌う事に。

バンド名を「クイーン」と改名した彼らが自作したアルバムがEMIのジョン・リードの目に留まり、デビューすると瞬く間に彼らの音楽は世界中を魅了した。

フレディはその頃、バンドに参加したころに知り合ったメアリーとの関係も築いており、一緒に暮らしていた。

「キラー・クイーン」のヒットにより確かな地位を確立しかけていたクイーン。しかしEMIの重役レイ・フォスターは、彼にキラー・クイーンの路線を続けるように指示する。

それに対しフレディは、「同じことはしたくない」と、次の楽曲はオペラをテーマにしたものにすると提案。郊外でレコ―ディングされた「オペラ座の夜」の中から「ボヘミアン・ラプソディ」をフォスターに聞かせるも「6分もの長い楽曲はラジオに流せないから」と却下されてしまう。

フレディは自らラジオ番組に出演し、「ボヘミアン・ラプソディ」を流すと、マスコミからは酷評を受けるがセールスは1位を記録した。

目まぐるしい勢いで世の中を席巻するクイーンだったが、そんな中フレディは、昔から持っていた自分の中のセクシャリティに気づき、メアリにその事を打ち明けて決別する。

フレディは常に孤独と戦っていた。

「ボヘミアン・ラプソディ」感想

非常にコメントが難しい作品だな、と思います。
見終わった時の感想としては、非常によかった、と思いました。すげー泣いた。

ただ、しばらくこの映画の事を思いだしたり、クイーンの事を調べたり、持っていたフレディ・マーキュリーのドキュメンタリーを観ているうちに、「どうだったんだろう?」といくつも疑問が沸いてきました。

自分の意見をまとめるためにも、順番に映画を分析してみたいと思います。

「ボヘミアン・ラプソディ」のストーリーについて

そもそも私はこの映画にあまり期待していませんでした。
それは当たり前で、もしも期待してたらとっくに観てます。

なんとなく、フレディが単なる英雄視される軽い作品になってしまったら嫌だなあ、と思ったんですよね。

そして実際、最初の30分は非常に退屈でした。
「ボヘミアン・ラプソディ」は最初から最後まで非常にシンプルな構成になっているので、はじめの30分は「こんな人物(バンド)でした」っていう説明のシーンばかりで、何も面白みを感じなかった。

それに、この時点でかなりの名曲がぼんぼん流れて、一気にスターダムに駆け上がっていったわけですが、私としてはもう少し楽曲に焦点を当ててくれよ、と思ったわけです。

クイーンの音楽はクラシックに影響を受けていたりかなり奇怪な部分があるのに、なんかサラっと名曲が「はい、いっちょ上がり」っていう感じで描かれるのはどうもなー、と思ったわけです。

私がこの映画にグッと引き込まれたのは、やはり「ボヘミアン・ラプソディ」を制作するシーン。
「オペラを創りたいんだ」というクイーンの意思は、この映画で初めて楽曲がどう生まれたのかに焦点が当たったシーンだったからです。

そして、ここから映画の魅力はだんだん高まってゆきます。

「ボヘミアン・ラプソディ」の楽曲シーンの魅力

その後、フレディがゲイである事が分かったり、恋人のメアリとの人間関係と孤独感を描いていますが、やはりこの映画の魅力はクイーンの楽曲の見せ方なのかな、という風に思います。

クイーンを題材にした映画で、楽曲の魅力が伝わらなかったら本当に最低だ、というのは監督のブライアン・シンガーも思っていたはずです。

で、その点においてはかなり良かったのではないかな、と思います。
「ボヘミアン・ラプソディ」のレコーディングから、We will rock youや他の楽曲(忘れたけど)がどのように生まれたのか、という事と同時に、パフォーマンスそのものの見せ方が非常によかったんですよ。
編集も撮影も非常にポップなんですが、ダイジェストというよりは割かししっかりとパフォーマンスを見せてくれたよね。

これは、クイーンの楽曲が好きな人にとってはすごくよかったと思うんです。
というか、この映画の魅力ってホントそこだと思う。

最後のライヴ・エイドのシーンは22分ほどをフルでパフォーマンスするという。
そういうとこが思い切ってていいんですよね。

この映画は、「まずはクイーンのパフォーマンスの魅力をがっつり伝えてゆくぞ!」というモチベーションで作られていることがよくわかります。

なので、前半の楽曲があまりクローズアップされていない点に関してはあまり面白くないというのもそういう点です。

「ボヘミアン・ラプソディ」が批判された点

この映画は非常に作りがシンプルで、ブライアン・シンガーは「クイーンのパフォーマンスの魅力を伝える」という事を念頭に置いたときに、ストーリー面でいろいろな要素を入れずに、「フレディの孤独感との対比を見せる」事を選んでいます。

これが、この映画の賛否別れるところだったかもしれません。
が、現段階でブライアン・シンガーが監督するクイーンの映画としては、最善の策だったのではないかと思います。

そもそもフレディ・マーキュリーは非常にスキャンダラスな人でした。
83年生まれの私は生前のフレディをほとんど知りませんけど、その後いろいろな番組などを見て知っている限りでは、相当ヤバい人って感じ(そしてユニーク)ですよね。

ヒットした楽曲が非常にポップだしCMなどでも使われているので、かなり聴きやすいようにも思えますが、アルバムを通して聴くとグロテスクなものもあるし、とても誰が聴いても気に入られるって感じではありません。

フレディのセクシャリティについて

フレディの生涯を語る上で最も重要な点は、やはり彼のセクシャリティなのではないかと思います。

彼は生涯、自分がゲイだと敢えて公表をしたわけではありませんでした。
当時はゲイはかなり差別の対象となっていたようです。彼はゲイかどうか、という問いかけに対しては否定していたようなんですよね。

しかし実際は彼はゲイだったし、エイズになってしまったわけです(エイズも社会現象でしたが、やはりかなりの偏見があったようです)。

彼の音楽性と、過剰なパフォーマンスが彼のセクシャリティと切っても切れないものであるというのは間違いないと思います。

しかしながら、この映画では彼がゲイであるという点を特に大きく取沙汰せず、むしろ昔の恋人であるメアリとの関係性ばかりを描いている、という点。
これが、ストレート・ウォッシュ(異性愛化)されているとの指摘があったんですよね。

この点については私もいくつかの批判的な記事を読みましたが、私自身はそれほど問題と感じませんでした。

何故かといえば、一つには先ほどから何度も言っているように、この映画が「楽曲の良さとフレディの孤独」以外の一切の要素をギリギリまでそぎ落としているから。

そしてもう一つは、恋人となったジム・ハットンとの関係の描き方にセンスを感じたからです。

そもそも、何かを描こうとする場合に何も長い時間その事についてくどくどと描く必要は全然ないわけです。
この映画でいうと、フレディが同性愛である葛藤を描くべきだったかどうかはともかくとして、ゲイとしてのアイデンティティでもあるハットンとの関係性は、尺数にしてみると短いけれど、よく描けれているな、と思いました。

この映画が「フレディの孤独を描く」という目的で進行しているので、その点ははっきりしていて何も問題ないように思います。

フレディの同性愛に関して深く描くべきだったのか

さて、もう少し「フレディがゲイである事についての葛藤や、当時ゲイがどのような存在だったのかを描くべきだったのではないか?」という点について書いていこうと思います。

その点に関しては、私もなんとも言えません。
しかし、先ほども言った通り、現段階でブライアン・シンガーがフレディのセクシャリティを大きく取り上げなかったのは、私は賢明だったと思います。

無理だからです。
この映画で「クイーンの楽曲の良さを存分に伝える」という事と「LGBTという社会問題」を描くのは相当難しかったと思います。

それができたら本当の大傑作になったかもしれないけど、多分ただ単に説教臭い失敗作になった可能性が高いと思います。それか、楽曲を楽しめない社会派作品になったか。
しかももっともっと泣きを狙ってしまった作品にもなったかもしれません。

私自身は、描き方はライトではあるけどもゲイとしての自我と葛藤を描きながら、しかし彼のもっとも重大な「孤独感」との対峙を描き、それを彼の最高のパフォーマンスに落とし込んでいったシンプルさがこの映画の大ヒットにつながったと思うし、バランスも良くて良かったと思います。

そしてこの映画には、短いけれどハットンの描き方を工夫する必要があり、その点で私は評価できると思うのです。

「ボヘミアン・ラプソディ」のフレディはフレディだったのか?

さて、ここからは批判的な意見を書いていこうと思います。

先ほども書いたように、「孤独なフレディとクイーンの最高のパフォーマンス」という映画としてのバランスはよく、魅力的な楽曲と演出によってとても素晴らしい映画になった、と書きました。

しかし一方で私の中にむくむくと沸き始めた感情。
それは、「ボヘミアン・ラプソディ」のフレディは、本当にフレディ・マーキュリーだったのか?という点について考えてみたいと思います。

もちろん、この映画はクイーンの映画だし、フレディ・マーキュリーの生涯を描いています。そして監督の狙い通り、きっちりと描き切ってはいると思います。

しかし、それはこの映画に示されたモチーフの中だけの話です。
実際のフレディはどうだったのか?

フレディという人はとにかく奇妙で、変。音楽も変だしパフォーマンスもファッションも変で謎の宇宙人なんですよ。

かっこいいんです。かっこいいんですが、彼のアプローチというのは、「自由でいいよね」なんていう凡人の理想からもはるかに飛び出したような、哲学的で、一般の人にはその思想など簡単に理解するのは無理です。

それは音楽にも言えます。
そもそもクイーンというバンドはめちゃくちゃインテリで、凄い実験的なこともいろいろやっていました。
私はそれほど詳しいわけではないんですが、昔観たライブ映像では、エレキギターでバロック音楽のようなフレーズを引いてみたりかなりヘンテコ。

フレディもものすごく変なんですが、彼についてゆくバンドのメンバーも変過ぎるんですよね。だって女装してみたり、とにかく何を言われても服従しているかのように見えたり。

実際はこの映画のようにぶつかったりもしていたのでしょうけど、ぶつかろうが何だろうが、あのフレディのアプローチについていけるバンドのメンバーの精神状態とかも非常に気になるわけです。

フレディはあまりにも思想が飛びぬけすぎていて、普通の人には全然分からないんじゃないかなと思うんです。彼がどういう人間だったのかは。
平たく言えばミステリアスっていう感じですけど、宇宙人ですよね。

でね、この映画で描かれるフレディ像っていうのは、確かに実際のフレディにもあった部分だとは思うんですよ。

昔からフレディの語る目はすごく孤独そうで繊細そうだと思っていましたが、そういう点はもちろんあって、そこを映画としてピックアップしたのは納得できるんです。

しかし、この映画のフレディはあまりにも地球人であるブライアン・シンガーが地球人に向けて制作した想定内の映画なんですよね。

フレディの本質は全然ここでは語りつくされていない。
もっと「一人の人間」として孤独と戦っているという、共感されやすいフレディとして描かれているんだと思います。

ここにフレディの本質は無い。
ただ、フレディの本質は、少なくともブライアン・シンガーには掴むことはできなかったと思います。

そんなことができる映画監督は、世界でほんの数人しかいないと思う。それは本当に仕方ない事だと思う。

そんな中で精いっぱいクイーンの魅力は伝わっているという点が、この映画が成功した理由だと思ったのです。

で、そういう点に対してやはり「こんなのはクイーンじゃない!」といっている記事なども観ました。

「こんな老若男女に受け入れられるようなバンドではなかった。もっとイロモノ、ゲテモノ扱いされていたし、決してロックシーンのメインストリームではなかった」といっている人もいますが、そんなのは新しいファンが「クイーンてすごく良いから聴いてみよう」って手を出した瞬間に分かることだから、別にいいんじゃないかな、と思います。

まとめ

という事で、とにかくこの映画を観れば、クイーンがいかに素晴らしい楽曲を残したのかという事、フレディの孤独感などを十分に感じることができると思います。

最後に、この映画のフレディの歌声は主演のラミ・マレックの声かと思ってかなりびっくりしたのですが、合成だったようですね。

凄いクオリティでびっくりしました。

私はこの映画を見て、生前のフレディの声を生で聴けなかった残念さを、ある程度解消してくれる素晴らしい映画だと思いました。

(私は一時期、死んだアーティストのライブに誰でもいいから行けるとしたら、クイーンが良いなと思っていたクチなので)

なお、現在この作品はU-NEXTで視聴可能です。(配信終了予定:2019年11月30日)
U-NEXTには31日間無料トライアル期間があります。

「ボヘミアン・ラプソディ」をU-NEXTで観る。