アニメ

映画「君の名は。」のすごいところを時系列順に徹底分析する。

当ブログで他の記事に興味を持ってくれた方が「君の名は。」で検索をかけてくださることがままあるので、今更ですけどせっかくだからしっかりと記事にしようと思います。

この映画大好きです。

映画「君の名は。」を分析する。

「君の名は。」はかなりすごい映画だと私は思っている。
いろんな要素によってそのすごさというのは表現されているのだけど、今回は一つ一つを解説していこうと思う。

※ネタばれします

「君の名は。」の時間の使い方について

何がすごいと言って、時系列からモチーフ(というか、部品)からテーマからかなり盛り込みまくっているのに、たった1時間46分に集約されているのがとにかくすごい。

この映画を見た時の私の体感的には、2時間半くらいの映画を見たような気になる。

この映画はちょっとそう簡単に出会えないくらい素晴らしい映画だと思うのだが、こんなに素晴らしい作品なのに時たま批判的な意見が目に付く。

その大きな理由の一つとして「盛り込みすぎ」というのがある。

私自身はこの盛り込み感をこれだけの短い尺に無理なく収められているのが天才だなと思うわけだけど、まあこの部分が批判されるのも、分からないではない。

それくらいこの映画はモチーフがあまりにも圧倒的に多い。

今回は「分析」という事なので、モチーフ(部品)をまずは書きだしたいと思う。

「君の名は。」のモチーフ

  • 男女の入れ替わり
  • 時系列の前後
  • 自然災害
  • 恋愛
  • 組紐・口嚙み酒
  • 町を救う!
  • 田舎と都会

このあたりが概ねのモチーフとなっているのが、ざっと見ただけでも分かる。
実際はもっとかなり細かいモチーフがあるのだが、とりあえずはこのあたりだろう。

モチーフの多い映画やドラマというのは特に珍しくはないけども、この映画の場合何がすごいと言って、それぞれにあまり関連性がない事だ。

例えば、有名な映画「タイタニック」と比べてみよう。

「タイタニック」のモチーフと比較

  • 豪華客船の沈没
  • 貧富の差
  • 禁じられた恋愛

以上があげられる。
この映画にもそこそこ他にもモチーフはあるのだが、大体大筋はこの3つだ。

テーマが3つで3時間15分も使ってるのだから、そりゃあたっぷりと時間がある。
そして重要なのが、これらの3つのモチーフには結構関連性があるので、ある程度無理なく一つのストーリーに収めやすいという事だ。

大体「悲恋」とか言うと、別にタイタニックじゃなくても貧富の差とか死別みたいなモチーフは必ず出てくるくらいだ。

しかし、「君の名は。」のモチーフは、それぞれにほとんど全く関連性がない。
ふつうに考えて、「男女の入れ替え」と「自然災害」というのは繋がりようがないのに、それらをたった1時間46分でこなしている。それがまずすごかった。

あと言っておくが、ディスったように見えるかもしれないが私はタイタニックも大好きだ。

※参考記事 【タイタニック】が今でも傑作と呼ばれている3つの理由

時間を解析する。

何度見ても、これだけの内容がこんな短い尺で描かれているのがよく分からないので、とりあえず時間配分を見てみようとおもう。

0~33分

冒頭からここまでで、瀧と三葉が入れ替わっていることが描かれる。
たったの1時間46分しか尺がないというのに、大体3分の1に設定部分を費やしているので時間分配としてはかなり長いが、この設定部分にも後から考えるとかなり大量の伏線を用いているのでそれが可能となる。

特にこの部分の最初15分ほどはかなりゆっくりと時間が流れているので、全然無理している感じがない。しかし気づかないように伏線を置いている。

RADWINPSの「前前前世」が流れるあたりのテンポにも注目したい。
音楽をMVのように使って表現する手法は新海誠の以前の作品では非常に多いが(特に目立つのは「秒速5センチメートル」など)、今までは新海はあまりユーモアを重んじなかった中で今作ではかなりコメディタッチで描いているので楽しいし、無理なくキャラを描くことに成功している。

33分~

ご神体への口嚙み酒の奉納から、二人の関係性は変わってくる。
会ったこともないのに互いを意識し始める描写と、突然の別れも描かれる。

流れからすると本来ならかなり急展開で、10分前にお互いを憎みあってたのにそれからわずかな時間で二人の精神的距離が縮まり、さらに三葉が音信不通になるという場面が描かれる。

もしもこの映画で「詰め込み過ぎ」といわれてしまう所以があるとすれば、このあたりかな、と思う。

とはいっても、例えば二人の心の動きにしても、実際はかなり前半部分にもしっかり伏線を貼っているので私は不自然さは感じなかった。

45分~

この記事を書くのに「君の名は。」を見ながら時間を計っているのだが驚いた。

三葉と連絡が途絶えて瀧が糸守町を見つけて何が起こったのかを知るまで、たったの6~7分で描いてしまっている。

これは時間の魔術というべきか。
私はこの映画を見ていて、瀧が糸守町を探すシーンはかなり長いように感じていたのだが。

53分~

ご神体のあるカルデラへ行って口嚙み酒を飲む。

このあたりがこの映画では最も解釈が難しい場面。
一体どうして、口嚙み酒を飲んだら三葉の体に戻ったのか?

なんとなく分かるようで、よくよく考えると分からない。
そもそも、三葉と瀧がどうして入れ替わったのかがよく分からないので。

これは私の考えが甘いのかもしれないけど。

64分~

ここからは散りばめられた伏線の回収に入るので、シーンはめまぐるしく入れ替わる。

まずはまた三葉になった瀧が、町を救うために友達と共に奮闘する。
しかし友達以外は彼女の耳を貸さない(友達二人は作戦に乗る、というのも本来はちょっと意味不明なくらいだが 笑)

72分~

三葉に入っている瀧が、ご神体の山に三葉がいることに気づいて向かう。
そして二人はついに対面する。

当たり前だが、二人は実は顔を合わせたことはないので、この時が初となる。

そもそもなんで三葉がここにいると瀧に分かったのか?
そしてこの場に行くと、ゆがんだ時間がどうして同時進行になって二人が顔を合わせることができたのか??

考えれば考えるほど謎過ぎる。

しかしまあすごいなと思うのは、ここで二人が初めて出会うことができたわけだが、ここで二人は既に両想いなのだ。

そして、その「両想いである」という事が実はかなり自然に描かれている。
私は前半場面で二人の感情が近づくシーンに、不自然さをあまり感じなかったのでここでも自然に描けているなと感じた。

もしもこれで三葉が瀧に会いに東京に行った、という描写がなかったとしたらそうはならなくて、そもそも三葉との音信が途絶えてからは瀧目線でしか話が進行していないため、三葉側の感情を描く尺が瀧のそれに比べて圧倒的に足りない。

しかし三葉が実は東京に行っていた。この点は二人の関係性を描くのに非常に重要だ。

しかも最もこの映画で秀逸だと思うのは、時系列をシャッフルしている為、映画の冒頭で実は三葉が瀧に会いに行ったのだという事が描かれていたのだ(実際、「時系列通り」に描いているというわけだ)。

それによって三葉側としてはむしろ、瀧よりもずっと前から瀧の事を好きだった、という風に錯覚すらできるというわけだ(実際は思いあっている時間は大体同じくらいだが、映画のマジックである)。

とにかくそういったところがめちゃくちゃうまい。
どうして口嚙み酒を飲んだら入れ替わったのかとか、どうしてここで二人が対面できたのか?という事はちょっとよくわからないが、二人の感情を描くという点で非常に成功していると言えるわけだ。

83分~

ということで糸守町を救うというプロジェクトの描写である。

友だちの協力によってなされるわけだが、まあ正直言ってここは完全に無理がある。
いくら何でも頭のおかしい友達(三葉)の言葉を信じてここまでの犯罪行為を侵す友達は、世界中どこを探してもいないと思う。

でもまあ、そこはファンタジーという事で流すしかないし、面白いからまあいいだろう。

93分~

現代に話は戻り、瀧の記憶はもうない。
糸守町は救われたが、三葉にも既に記憶はなく、歴史は変わったまま流れている。

ここから二人の再会が描かれるが、このあたりはもう伏線をきれいに回収しながら、ゆっくり時間を使って描かれている。特別に目立つ手法などはない。

三葉のハーフアップの髪がダサいこと以外は完璧だ。

「君の名は。」のテーマは一貫している

という事で、時間を解析しながらこの映画を見ていくと、考えてみるとちょっとどうかと思う無理やり感などもあることはあるのだが、全体を通じて非常にテンポもよくバランスもいい傑作だと言わざるを得ない。

しかし何よりも私がこの映画が素晴らしいと思うのは、監督である新海誠の掲げるテーマがあまりにも愛に満ち溢れた優しいものだからだ。

一目瞭然ではあるが、「君の名は。」は東日本大震災をテーマにしている。

この映画がかなりいろんなモチーフを入れ込んでいるのにまとまっているのは、「震災によって引き裂かれた二人を何とかして幸せにしたい」という新海誠の気持ちが伝わってくるからだ。

これは別に瀧と三葉二人だけの問題ではない。

この映画のように、ある日突然の災害によって引き裂かれてしまった人たちは何万人、何十万人といる。彼らの全員が、どうにかしてまた再会したいと思っている。

しかし亡くなってしまった命は戻らない。
そういう無念さをこの映画は何とか晴らそうとしている。

私はこの映画がどういう映画なのかをほとんど知らずに見始めたのだが、瀧が壊滅した糸守町にたどり着くシーンでこのテーマに気が付き、なんて愛にあふれた作品なのかと思ってそこから先は泣きながら見ていた。

今でもこの映画を見ているとその愛の深さに、涙が止まらなくなる。

この映画を批判する人の中には、「実際は震災で亡くなった人は戻ってこなかったのだ」という事を言う人がいるかもしれないし、そういう感想を持ってしまったらぐうの音も出ないところだ。

確かに、実際はこんな風に過去は変わらず、彼らはもう一度出会うことはない。

だからたぶん、この映画を作ったのは新海誠のエゴに他ならない。
それに対しての批判的な意見には逆らうことはできないだろう。

しかし亡くなった人をもう一度復活させたいと思うのは人として当然だし、それを描き切った新海誠を私は賞賛したい。

まとめ

「君の名は。」は単なる面白い恋愛劇ではなくて、もっと大きな意思を持った作品であるという事を念頭に観てみると、また違った見方ができるのではないかと思う。

最後になりましたが、瀧君役の神木隆之介と三葉役の上白石萌音の声も非常に素晴らしかったです。

その他のアニメの感想&分析はこちら