【メアリと魔女の花】感想・「魔法」の概念が全く変わった映画

2017-09-14映画, アニメファンタジー

帰国したので、ようやく楽しみにしていた「メアリと魔女の花」を見ることができました。
想像を超えた素晴らしい作品でした。感想です。

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メアリと魔女の花 : 作品情報 – 映画.com

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【メアリと魔女の花】ネタバレ感想&完全解説

宮崎アニメは大好きだし、米林宏昌監督の前作「借りぐらしのアリエッティ」と「思い出のマーニー」が素晴らしい作品だったので楽しみにはしていたんだけど、実はそれほど期待はしていませんでした。

なぜかといえば、せっかくジブリから離れたのにキャラデザインが完璧にジブリ色を残したものだったし、少なくとも予告を見た限りでは全く新しさを感じないものに見えたからです。

たぶん、そのように予想した大人は多かったんではないかなと思います。

しかしながら、この作品は今までのジブリ作品では全く見たことのなかった新しい作品になっていました。

※ネタバレします

 

【メアリと魔女の花】でいう「魔法」とは

この作品が最も新しかったのは、この作品でいう「魔法」の扱いが非常に面白かったという点です。

近代において「魔法」とは、どちらかといえばポジティブなものと捉えられている作品が多いと思います。
今までのジブリ作品でもそうですよね。

「魔女の宅急便」なんて非常にいい例で、かわいらしい魔女がヘタクソな魔法で奮闘する物語です。

ジブリ作品だけでなくても、「魔法」っていうのは非常に憧れられた存在だし、非常にポジティブなイメージが現代では多いと思います。

しかし、本来は魔女っていうのはネガティブなものだと中世から思われていました。

ちょっと都合の悪い事があると「魔女のせい」として、何の罪もない女性に罪を擦り付けて処刑したりした事も多かったんですよね。
科学のない時代は、不都合に理由を付けるには魔女の存在が欠かせなかったというわけ。

この作品ではそんな本来の意味の魔法とも違った形で登場するわけだけど、その中で最も斬新だったのは、「魔法」と「科学」の区別を付けなかった事だと思います。

この作品では多くの魔法が存在し、ホウキで空を飛ぶ魔法も授業で教えているというのに、校内にはエレベーターが完備されているという、ちょっと不思議な扱いです。

この作品でいう「魔法=科学」というのは「自然」と相反したもの、という描かれ方です。

この作品で最も重要なのは、クライマックスでメアリが唱える「魔法なんていらない!」という言葉。
この言葉は非常に広い意味を持っていると思います。

この作品が拒絶する「魔法」その①

一番見た目通りの意味としては、「便利さ」とか「反自然」といった考え方に対する否定です。
まあ、それだけだったら非常に説教臭くなると思うんだけど、その「魔法」がファンタジーと科学を区別していないところが最も面白い。
それを否定することで描かれているのは、非常に「現実的な」世界。

要するにこの作品はファンタジーそのものをある程度否定しているのです。

魔法はいらない=ファンタジーに逃げずに現実を生きろ

というメッセージです。

一番そのメッセージを感じたのは、変身魔法で変形させられた動物たちの魔法を解くところです。

非常に印象的なシーンでした。
そもそも、魔法っていうのは科学とはかけ離れたものという印象だったのに、それを一緒くたにして否定するというのが非常に面白い。

この映画の「魔法」の扱いとして似ていると思ったのはJ.R.Rトールキンの「指輪物語」ですが、この作品では魔法は科学とは全く関係なく、「魔法=権力」といった(平たく言えば)イメージでした。

この作品が拒絶する「魔法」その②魔法を描き続けたジブリへの否定

この作品がとにかくすごいと思うのは、こんなにジブリっぽい楽しい作品の皮をまといながら、実は非常に尖っていて批判精神に満ちた作品だからです。

反自然だったり戦争に対する批判ではなく、そもそもジブリが肯定してきたファンタジーへの批判だから面白いんですね。

この作品は、宮崎アニメファンが見たらとにかく「パクリだ!」と思うようなシーンが多いです。とにかく多いです。

もうどこを見ても、「これは魔女の宅急便だ」とか、「これはラピュタだ」「千と千尋だ」というようなシーンが非常に多い。

これは偶然でもパクリでもなく、当時は引退を表明していた宮崎アニメへのオマージュで、敢えてそうしているのだと私は解釈しました。

(「魔女の花」の名前である「夜間飛行」は、「星の王子さま」などの傑作を遺したサン・テグジュペリの作品「夜間飛行」から取っているのは間違いがないですが、宮崎駿はテグジュペリの作品のファンであることは有名)

しかし、そのうえで「魔法なんていらない!」という作品にしている。
それらの宮崎アニメへのオマージュを全部否定しているといってもいいかも知れません。

もちろん、宮崎アニメをよく見れば、というかこの「メアリと魔女の花」を見た限りでも、「魔法を解く呪文」=「バルス」と似ているということは分かるし、すべてを否定しているわけではない事はわかりません。

(バルスは科学に対しての否定のまじないみたいなものですが)

しかし、おそらくこの「魔法」というのは「ジブリからの決別」というところを表現しているのだともいます。

「メアリと魔女の花」が公開された日に放送されたドキュメンタリーでも、鈴木敏夫がこの作品を見た時に「ジブリの呪縛を考えた」というようなことを言っていましたが、この作品はいわゆるジブリ陣営に対する挑戦状のようなものでもあるので、少しは動揺したんじゃないかな?と私は思います。

絵やアプローチはジブリアニメのように見えるのに、作品の質は全く違うので、宮崎駿にはこのような作品はもう、ひっくり返っても作ることができないでしょう。
(新作には年を重ねた宮崎ならではの作風を期待します)

SEKAI NO OWARIの主題歌「RAIN」について

私はもう音楽といったらセカオワさえいれば満足という信者なので、まあそういう意味でもすごく注目していました。

この作品には本当にピッタリのアーティストだったなと思います。

よく誤解している人が多いんだけど、セカオワはファンタジーをモチーフにしている楽曲は多いけど実際は非常に現実的な人たちだし、楽曲も実は非常に現実的。

そういった意味でこの作品にはものすごくピッタリだと思います。

セカオワファンとしては、「メアリと魔女の花」を見る前はこのタイアップに対して特になんとも思っていなかったんだけど、実際見てみたらこんなに素晴らしい作品の主題歌を担当するなんて、本当にうれしい事だよなあと思いました。

お前が何様とか思うけど、非常に誇らしかったです。

映画とそもそもセカオワの世界観があっているんで、楽曲単体としてもセカオワオリジナルとして全然違和感なく聞くことができます。

深瀬慧の声も、メロディーもアレンジも本当に素晴らしくて映画によく合っていたと思う。

ただ、私の印象としては歌詞がやや映画のイメージよりもセンチメンタルすぎないかな?と思います。厳密にいえばだけど。

でもほぼ問題のない。うれしかったですね~。

ジブリアニメ丸出しのキャラクターデザインについて

「ジブリからの決別」をテーマの一つにしておきながら、絵が完全にジブリ過ぎる件ですけど、この点はまあ何とも言えないと思っていました。

もともとは、「ジブリ辞めたんだから絵を変えろよ」と私自身は思っていたんだけど、作品を見た限りはそれはそれとして非常に戦略的でいいかなと思います。

この絵が全く新しいデザインになってしまったら、まずそもそも中に入っていけないですよね。
ある程度すんなりと物語の中に入りながらも、話の内容で決別を表すことは重要だった思います。

ドキュメンタリーで、西村プロデューサーが先輩たちから「作品を作り続けるために、少しだけお金を稼ぐことは重要」といっていたけど、そういうことだと思います。

【メアリと魔女の花】おすすめ度

これはもう本当にいろんな人に見てもらいたい作品です。

私としては、若い世代(私より全然年上だけどww)で素晴らしいクリエイターが出てくることが非常にうれしいので、彼らに限らず新海誠の存在もうれしいし(ものすごく好きということもないけど)、米林&西村コンビの存在は本当にうれしい。

しかも、このように新しい作品を打ち出してくれるともなると!

まだまだ若いお二人なので、向こう40年は楽しませてくれそうで期待しています。