どうも、NITARIです。

最近ちょっと、今まで自分が人生に対しても職業に対してもものすごく甘く見てたなー、すいません。と思った話を書きます。

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人生をナメててすいませんでした。

今、illustratorでイラストやデザインの勉強をしています。
なかなか楽しく勉強できていて、一応買った教材の基本的なところは割と抑えられたような気がします。

これから、いよいよ実践編として、テキストにあるデザインを実際に真似て作ってみようと思います。

今後、自由にイラレを使うことができるようになったら、次にはフォトショも勉強して、いよいよオリジナルイラストやデザインを作っていこうと思っています。

私は昔から漫画も描いていたこともあったし、これで自由にデザインができるようになったら、ネット上でロゴデザインやグラフィックデザインの仕事を取ったりして、そういう仕事もできるようになれたらいいな~とか思ったわけです。

デザインで収入を得ることは可能だろうか?

「いけるかも……!」という思いのもと、イラレの勉強を頑張ってみました。

しかし。

考えてみればである。

私なんかデザインの専門的な知識もなく、ただちょっとツールの使い方を覚えたくらいでデザイナーとして商売ができるのか?と思ったときに、

いやいやいやいやいやwwwww

そもそも世の中には東京藝大とか多摩美とかその他、山のようにあるデザイン科出身の方がもう何万人もいるわけですよ。
もちろん、美大系でなくても、建築科出身のデザイナーとかも山のようにいるわけですよね。

そういう人たちでもフリーでなかなかデザイナーとして独立せずにデザイン事務所とかに入社してしっかり働いて身を立てているというのに、ちょっと数日イラレで勉強した私なんかが勝てると思いか?

はい、無理です。完全無理ゲーっす。

そもそもデザインはおろか、普通にイラストとか漫画ですら一銭にも今までならなかった、つまり一銭の価値もない女(←言い過ぎ)が、これからどうジタバタしようとも真っ当な方法でデザインやイラストの世界でやっていけるわけがないんだな。これが。

一瞬でもデザインで収入を得ようとしてすいませんでした。ゴミと呼んでください。

ペンで生きることはできないだろうか?

私が人よりも多少まともなことができるとしたら、まあ今までの経験上なら文章かな、と思うわけです。

そもそも、美術の世界と違って文章の世界には学問がないので(「文学」というのともちょっと違うし、大学で文章の書き方とかを教わるものではないですよね)、そういった意味でのハンディはないわけだから。

そこへ行くと、まあ私でも多少文章で食べていけたらいいな、という気持ちになるくらいのことは許されると思う。

しかし、最近いろいろ考えて、ブロガーっていうのは所詮先のない職業だと思うし(ブログを収入のメインとするならね)、やはり文章を武器にしたいと思うんだったら小説だったり、ノンフィクションだったりを本格的にモノにすべきではないか?と思ったわけです。

もともとは漫画とか小説家希望だったけど、最近はジャーナリズムや歴史にも興味があるので、ノンフィクションとかってどうだろう??

前にも言ったけど、私は人の紀行文って全く興味がなくて(椎名誠とか角田光代とか、プロの文筆家のものなら好きですが)、それだったらもう「ノンフィクション」とか言われるくらいの作品を書くことを、せっかくなら目標にしないとつまらないし、結局食べていけないだろう。

そこで、そもそもノンフィクションってどういうものなのかな?と思ったわけです。

今まで読んだことのあるノンフィクションっていうと、最近読んだのだったらカポーティの「冷血」とか開高健とかになるかなーと思ったけど、ちょっとあまりにも遠くの人っぽいのでもう少し何かないだろうか。

と思って、前にNHKのドキュメンタリーに出演していた冒険家・角幡唯介氏のデビュー作「空白の5マイル」を読み始めてみました。

ペンで生きることを考えてすいませんでした

そしたらこの本が、まだ途中なんですけどあまりにもすごすぎる。

この作品は角幡唯介氏が大学時代から魅せられてきた前人未到のチベットのツアンポー渓谷に、たった一人で挑む、という作品なわけです。

氏のデビュー作なのですが、という事はこの冒険は基本スポンサーもなしに(っつーか冒険家のスポンサーとかよくわからないけど)、とにかく渓谷に挑んでいろいろ頑張った後にノンフィクション小説にしたわけだけど、そもそも冒険しているときやこの本を書いているときには、この方は素人だったわけですよね。文章や冒険家としては。

この本を読む限りでは、おそらくもちろん、既に業界では名の通った人だったんだろう思うんだけど、とにかく文章や冒険家として食べていたという事はなったわけです。

「そこに山があるから」とかいう有名な冒険家の話がありましたけど、とにかくつまり角幡氏は文章のためでも仕事でもなんでもなく純粋に冒険したいがために冒険したという。

その純粋さ、私にはないわ。

当たり前のことですが、前人未到の秘境ってことは相当危険なわけで、っつーか日本人でも90年代に一人そこで亡くなったりしているわけです。

そんなところに行って、帰ってきて、文章にして、そりゃあ抜きんでたものができるわ。
しかも文章の面白さ、旨さが半端ではない。

私は猛省した。こんな、ちょこっとブログを書くのが好きで文章書くのが得意とか言って、そういう命を懸けた人に勝てるのか?といわれたら絶対無理。無理ゲーだった。

一瞬でもペンで収入を得ようとしてすいませんでした。ゴミと呼んでください。

じゃあ私は全てをあきらめるのか?

しかし私は一切諦める気はない。

イラストもデザインも中途半端。文章も中途半端。

しかし、藝大出身のトンでもないセンスのデザイナーやイラストレーターが、私のようにちょっと笑える文章や、しょうもない話を書くことができるのか?

角幡氏のように命を懸けた文筆家が、私のようにアホっぽいイラストやデザインとかできるのか?

と考えると、とりあえず多少中途半端でも面白いデザインができたり絵を描けて、中途半端でも多少笑える文章を書けるんだったら、まあ可能性は2倍かな、と思わけです。

要は戦略ですよね。
大した才能がないなりにうまい事戦略を立てて道を切り開くというのならできるかもしれない。

まとめ

正直言って、私には大した才能がないとしても、中途半端なモノを作って今だけ身を立てるっていう事をしたくはない。

才能が中途半端だからって作品が中途半端になるかどうかは、それは本当に私次第だと思わけです。
その考えを大切に、でもある程度の敗北感を忘れずに、道を作っていきたいと思います。

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