日本では残念ながらあんまり聞かない言葉ですが、「ポリティカルコレクトネス」という考え方について、ネット上であまりにも残念過ぎて残念な人が多いので、一言言わせてくれ。

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Yahoo!コメント欄を閉鎖しろ!!

現在、Yahoo!ニュースのコメント欄を閉鎖しろ!という動きがあります。
理由はとにかくコメント欄が差別主義者たちに乗っ取られた状態になってるからです。

前々から気づいていましたがとにかくヘイト書き込みがひどいです。
ちょっとでも中韓に関わる事柄だった場合、必ずヘイトコメントが上位を閉めています。

それどころか、中韓に全く関係のないニュースに対してもヘイトコメントが上位にランクインすることすらあります。

ヘイトコメントを抜かりなく入れてくる人物たちのことをネトウヨとかいいます。ネトウヨたちは寝ても覚めても中韓の事しか考えていないので、なんでも中韓に繋げようとしているわけですね。

で、リベラル派たちが、「これはヤバイので、まずはコメント欄を削除すべきだろう」とこうなるのは時代の流れとして当たり前のことだと思います。

欧米ではSNSでのヘイトの対策がかなり厳しくなっていたと聞きました。
過去形にしたのは、特にトランプが大統領に就任してからやや逆行の向きがあるからです。

これに関しては後述します。

差別への批判が言論規制とか意味不明すぎてやばい件

で、Yahoo!ニュースですが、「削除を!」という言葉に対して差別主義者たちが口を揃えていっている言葉は、「言論規制だ!!」
差別主義者たちはどういうわけか、差別するのも自由とか思ってるみたいなんですね。

だめだろふつーにwwww

表現の自由となにが違うのか?という点において、ジャーナリストの津田大介がこんなツイートをしていました。

津田氏は後のツイートで、「僕もヘイトスピーチの法規制には反対です(やるなら欧州のようにプラットフォーム事業者に削除体制を強化させる間接的なものに限定すべきでしょう)」といっています。
というのは、ヘイトスピーチは人権侵害ではあるが、それを個人レベルで直接裁くのは至難の技だということもあるのではないかと思います。それではたしかに言論統制と言われてしまう事例も生まれるでしょう。

私自身も、法を司る国家を過信すべきではないと思うので、その規制は難しいと思います。

ただし、Yahoo!ニュースのコメント欄のように、明らかにヘイトのプラットフォームになっている場合はその限りではなく、そもそもYahoo!がちゃんとした企業だったら、自分から統制をとるとかなんかすべきなんじゃないの?ということです。

まぁ、Yahooっていう日本の企業はニュースを見ていても驚くほど意識も品性も低いのだとおもうし(まあ見てしまうんですが)、Yahooに限らず日本の国家全体の低意識には驚くばかりです。

差別主義者は「差別するぞ!」と思っているとこがすげぇ

差別化主義者のなにが驚いちゃうかというと、「ヘイトスピーチは人権侵害だから止めるべきだ」という意見に対して「いやいや、言論の自由でしょ」と言っちゃうところですね。

つまり彼らには「差別してはいけない」という意識すらなく、「自分達は差別主義者デースげへへへ」とかいって鼻水垂らしてるとこですよね。

なんというか、うっかり差別してしまう低意識から来る差別もあるとおもうんですよ。そういう方だったら、「いや!自分のしていることは差別ではない!統計的に国民性を鑑みると」とか言って、自分の正当性を主張しながら差別すると思うんですよ。それもバカな話ですけど。

しかしながら、「差別はオレの権利だから俺は思う存分差別させてもらうぜ」とか言われてしまうと(男にせよ女にせよね)、「差別はいけないよ」とか、「1+1=2」がどうしてそーゆー値になるのかの証明から始めなきゃいけませんか?と。

いじめっ子に対して「いじめる自由はないんだよ」ということをいちいち説明しなきゃならないの?頭悪いの?

ということですよね。

日本には「ポリティカル・コレクトネス疲れ」は無い

「ポリティカル・コレクトネス」というのは、

日本語で政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・障害者・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す -wikipediaより-

ということで、英語圏ではよくつかわれている言葉です。
先ほどの津田氏のツイートの返信で、このようなものがありました。

これに対して津田氏は、「日本はポリコレがかなり弱い気がするので、「ポリコレ疲れ」なんてものが日本にあるのかな」と返答しています。
欧米では「ポリティカル・コレクトネス」がデフォルトになっているんですね。誰もがとりあえず表立っては差別的なことを言えないとか、そういうことです。

トランプ大統領が、大勢の予想に反して(おそらく支持者ですらも)当選してしまった背景には、「ポリティカル・コレクトネス疲れ」があったことはよく言われていました。
おそらく、一般の方々にもかなり根付いていた考え方だから、あれはだめ、これはダメという考え方につかれてしまった反動ではないかということですよね。
だからトランプのようにめちゃめちゃ人種差別みたいなこと言ってる人に、だれにも言えないけど思ってた人はかなりスカッとしてたんだろうと思います。

そういった意味でも、トランプの当選は本当に時代としては残念としか言いようがないものだったことはわかりきっているわけですね。

ちなみに、ちゃんと意識を高く持っている人にとって「ポリティカル・コレクトネス」なんて当たり前のことだ、と思いますけど、そういう方は逆に今度は世間のポリコレを監視する側に自ずと回らなければならないので、特に意識の低い日本においては結構疲れることは疲れますね。

まとめ

まあ、差別はダメだよね、ということでまとめたいと思いましたが、結局はそれって「いじめはダメだよね、なぜなら~」とか、「万引きは行けないよね、なぜなら~」くらいのちょっと、どうしようもなく当たり前のことすぎて、一体どうしよう。

あと、ヤフコメとか見てるとほんとに不倫とかに対しての糾弾が尋常じゃないんだけど、私からすれば被害者が1~3人の個人の恋愛よりも、差別のほうが圧倒的に悪いと思うんだけど。

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