古代オスティアは、ローマから電車で30分ほどの郊外にある古代都市。

日曜日だったのですが、翌週からどうやら暑くなるらしいという情報を聞きつけて、涼しいうちに行ってしまおう!ということで足を運びました。

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【古代オスティア】とは?

※この記事は2017年6~7月にローマに滞在した際に書いた記事です。

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この都市が生まれたのは、紀元前4世紀ころらしいです。
紀元前4世紀ってすごいよね。まだ帝政前だったよね。

今のオスティアの場所をご覧ください。

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海には近いですが、海沿いっていうわけではありません。

テベレ川の土砂で埋まったらしいけど、2500年くらいだと地形も変わるんですね……ここまで変わるか?と思いますが。

ちなみに、同じ地図で、ではオスティアはどれくらいの広さなのかというと。

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かなり広いです。

広さでいえば、ポンペイと同じくらいかな?と後日歩いてみて思いました。
ポンペイと違って、こちらは世界遺産というわけではありません。

この充実度で世界遺産に登録されてないなんて、ちょっと不思議なくらいではあります。

で、紀元1世紀ころに最盛期を迎えたんだけど、クラウディウス帝が現在のファウチミーノに新しい港を作ってから徐々に衰退して4世紀には完全に廃墟になった、と地球の歩き方には書いてある。

でもこの都市の歴史が紀元前4世紀から後4世紀までってすごくない?

800年も盛り上がってた都市が衰退するっていうのは、なんかどういうことなんだろうってすごく思いました。

まあ、ローマ帝国自体の最盛と衰退を同じくして経験した都市ってことだよね。

【古代オスティア】行き方

ここはローマ市内からかなり行きやすいです。

まず、地下鉄B線でピラミデ駅まで行って、オスティア・リド線に乗ってオスティア・アンティカ駅まで。

で、この駅を出て目の前の歩道橋を渡って直進して途中で左折、すぐに古代オスティアに到着できます。看板が出ているのでわかりやすいですね。

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私はここに7月2日に行ったんですが、上の地図を見てもらえれば分かる通り、ビーチのすぐ近くなんですね。

この辺は、ローマからの日帰りの海水浴場としてものすごくメジャーらしくて、朝8時頃だったと思うんだけど、行きの電車が家族連れで結構混んでました……。

まあ、ぎゅうぎゅうって程でもなかったんだけど、座れなかったです。

ローマは電車が頻繁に来るので比較的いつでも座れていたので、ここで座れなかったのは意外でした。

まあ日曜なんで、平日だったら違うのかな。

で、いざチケット売り場でチケットを買おうとしたら、「今日は月初めの日曜だから、チケット代はタダですよ」

えー!!

本当だー!ガイドブックに書いてある。らっきー

【古代オスティア】はとにかく広いのである

さて、結論から言いますと、本当に本当に面白かったです。

今までいろんな遺跡を見てきたけど、都市がまるまる遺跡になっているような遺跡にはまだ行ったことがなかったんですね。

まあ、そういった遺跡がどれくらいあるのかもよくわからないけど、とりあえず有名なところだとポンペイでしょう。

ポンペイ遺跡といえばたぶん世界で一番有名な古代遺跡の一つで、ヴェスヴィオス火山の噴火によって突如灰に埋もれてしまった古代都市ですね。

古代ローマは当たり前だけどいったん滅亡しちゃってるんで、その後にこの土地に移り住んできた民族(ゲルマン民族の大移動?とか?)は、当然元の都市の跡なんて、よっぽど使えそうなものでない限り取り壊して新しい都市を作ったりもしてたんですね。

ふつうに新しい都市を作ろうと思ったら、滅亡した都市の残骸は邪魔ですから。

今でこそ「遺跡」とか言いますけど、当時は文化財っていう意識なんか当然なかっただろうし、有用性があるかどうかという基準でのみ判断されてたはずだと思います。

もっとずっと後の話だけど、もともとコロッセオは大理石で覆われてたのを、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂を作るときに大理石をはがして持って行ったらしいし。

まあ、過去の遺産を後世に残そうっていう考え方自体が戦後にできた価値観なので、仕方ないというか、むしろ私はそういう現実的な感じが好きです。

だから火山灰に埋まったポンペイや溶岩に埋まったエルコラーノみたいに、最盛期に突如として消滅して埋もれてた都市の遺跡はやはり状態が優れているのであって。

古代オスティアは徐々に衰退してテベレ川の土砂に埋もれたっていうことなので、やっぱり埋まった遺跡はきれいに残っているということなのかね。

ともかくも、そういうわけでこの遺跡はまるまる「都市」なんで。

当然広いと理解していたつもりですが、思ったよりもはるかに広かった、というのが印象です。

ちょっとした村とか集落くらいの広さかと思ったら、普通に本当に都市なんですね。
まるで、ちょっと観光の都市に行って一日遊ぶ感じで一都市回れます。

では、次の記事からこの古代都市で撮った写真を載せてゆきます。

オスティアは広いので、見どころをいちいち解説しないでどんどん行きますよ!

つづく(2017.7.2)

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