最近嫌なニュースが多いので、いっそのことTwitterなどのニュースを見なければ嫌な気持ちにならないのかな?と思ったという話。

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Twitterで感じる嫌な話題

前々からTwitterは活用していましたが、ブログをちゃんとやっていくうえでSNSの集客を甘んじてはいけないなあと思って、ここひと月ほど熱心にツイートをしていました。

ツイートをするにあたって、私がフォローしているジャーナリスト、社会学者や作家のツイートを参照にして情報を集めていたのですが、彼らの言い分を熱心に読めば読むほど疲れてしまって、世の中の嫌なニュースが目に付いてしまって精神をやられている感じがしてきました。

ちなみに私が特に熱心に読んでいるアカウントは、

  • 平野啓一郎さん(小説家:@hiranok )
  • 茂木健一郎さん(脳科学者:@kenichiromogi )
  • 津田大介さん(ジャーナリスト:@tsuda )
  • 町山智浩さん(映画評論家:@TomoMachi )
  • 古市憲寿さん(社会学者:@poe1985 )
  • Supicaさん(謎の人:@Kelangdbn )

等です。
もちろんほかにもたくさんの方をフォローしていますが、最もツイート頻度&影響力が高いという意味で。

この中では古市憲寿さんのみツイート頻度が低く、ツイートの内容も猫と自分の自撮りなどでほぼ全く無意味でいい。

リベラル派の彼らが一貫して主張しているのは安倍政権批判やヘイト批判などで、私も初めは彼らの意見に乗っかって安倍批判をしていたのですが、最近になって非常に疲れてきました。

Twitterに疲れる理由その①

頭のおかしい人が多いからです。

私がフォローしているリベラルさんに絡む頭おかしい差別主義者が山のようにいて、しかも彼らが結構それらに対して反応するわけです。

もちろん私なんかより数倍、数十倍賢い彼らがいちいち頭おかしい人のツイートなどを取り上げるっていうのは、もちろん議論を起こすことで社会へメッセージを投げかけているんだろうけど、それにしても頭がおかしすぎて辛い。

「差別する自由」があると思っている人のツイートとか、やばすぎてやばい。
私もそういう変態の事をツイートしたりすると、自分で好きに解釈して勝手に拡散されたりするわけですよ。

そういう粘着質で暇な変態がネット上に多いから、普通の精神を持ったリベラルな人は「めんどくさいからツイートをやめよう」とか思っても仕方ないと思う。

もちろん私がフォローしている戦うリベラルはそれが仕事でもあるので、頑張って立ち向かっている。すごいと思うけど目を覆いたい。

Twitterにつかれる理由②

そういった著名人やインフルエンサーだって完ぺきではないからです。
最近思っているのは、彼らは確かにリベラルではあるんだろうけど、じゃあ彼らが全部正しいのか?というと大いに疑問だよなあ、と思う事も多々あるわけで。

人間なので当たり前だし、そうはいっても私とは頭の出来が全く違う人たちなのでなんとも言えないのですが、彼らの影響で安倍政権をここまで否定するに至ったわけだけど、実際私は本当に安倍政権の事をそんなに知っているのか?とか思うし。

探せば、100のうち1くらいは少しは褒めてもいい事があるのかもしれないのに、絶対に彼らは褒めたりしない。
そこはたぶん私が自分で探さなきゃならないことなのかもしれないですけどね。

まあ、言うなれば……安倍政権が気持ち悪すぎて、探せばいいところもあるんじゃないか?と、良いところをなんとか探して前向きに考えないと精神衛生上よくないのではないか、というくらいの話です。

あと、自分の影響力が数値化されているのがTwitterなので(フォロワー数やリツイート数などで)、そういうことを理解したうえでの発言が多くなるというか、すべてで、それはそれでつまんないなーって思ってしまうこともある。

要するに「インフルエンサー」という自覚のある人のツイートは大体同じようなスタンスだから飽きてくるっていう。

茂木健一郎さんとかはフォロワー数が144万人とかいて、いいひとっぽいことをいつもツイートしてますけど、誰かに対して「お疲れ様!」とか、誰かが何か受賞したりすることに「おめでとうございます!」とかは、直接本人にリプすればいいのではないかと思う事もある。

インフルエンサーの皆さんは自分に影響力があるのが分かっているから、その影響力を計算してツイートしたりするわけだけど、割とそれだとつまらない。信じられないほどどうでもいい事とかは飛び出てこないわけですし。

なんだかそういうことにもちょっと疲れているのもあります。

そもそもSNS集客にも疑問がある

Twitterのみならず、「他者にウケるように発言する」のが当たり前。

最近は「フォトジェニック」という言葉にも拒否感がある。
世の中があまりにもフォトジェニックなものであふれかえりすぎて、なんかちょっとでもフォトジェニックなものを見てしまうとぶち壊したくなるんですね。

汚いものって素晴らしいなーと思います。

私の部屋の毛布です。

SNS集客もしっかりやろうと思ってTwitterも熱心に活動しているけど、結局人が瞬発的に「いいね」を押したくなるようなものって美しいものだったり(本質的な美しさや面白さではなくて、ぱっと見の印象が好意的かどうか)、かわいいものだったりしなければならないし、セルフブランディングを入念になされたものでなければならない。

そもそもインスタに美しく並べられた写真や動画のグリットをぶち壊したくなるような私には、本当にSNS集客は合わないんじゃないかと思うわけです。

しかしそんなことを言ってたらいつまでたっても集客できない。
まあ、ブログ集客はGoogleが評価するので、瞬発的な受け入れやすさよりも文章の評価が大きく、そっちのほうが全然何とかなりそうですけどね。

ポリティカルコレクトネスの恐怖

後は私があまりにも、ポリティカルコレクトネスに対して強迫観念を持っているのも問題です。

ツイートを見たりニュースを見るたびに、「これはポリコレ的にはどうなんだろう……」と考えてしまう。それにすごく疲れる。

大好きな役者や芸能人の発言一つにもすぐにそんなことを考えて、ずっしりと疲れてしまうわけです。

本当にポリコレは重要だけど、それを重要視し始めたのもまた欧米などの先進国で、欧米が何もかも正しいのかといったらそうでもないなとも思うから、とにかく疲れるし辛い。

最近読んだニュースで、ルワンダ虐殺の首謀者たちがそろそろ数万人も釈放されるとのことで、改めてルワンダ虐殺の経緯を読んだら、200万人も殺されたこの事件の発端もやはり欧州(ベルギー)の政治介入によるものだと聞いてぐったりしました。

近代の中東&アフリカの衝突は大体が欧米の軍事介入によって勃発なり悪化していますよね。

それが近年になって急に意識高いふりして「多様性を受け入れるのが絶対大切」と世界中に押し付けるのもどうかと思うわけよ。

私自身は昔から変わり者だし自由人だから日本で暮らしていてすごく窮屈だし、辛いと思っていたこともあった。
海外によく出るようになって、もし日本がもう少し自由な国だったらもっとのびのびと暮らしていたのにと思う事も非常に多い。

しかしながら、例えば、イスラム教などは男女の格差が非常にはっきりしているけど、それはそれで宗教的にはバランスが取れているのだったら部外者がどうこういう事も出来ないのも確かだし、そもそも民主主義だけが絶対に正しいというのも、ある意味押し付けではあるのです。

民主主義は格差を広げているという結果にもなっているわけだから。

Twitter疲れのまとめ

私はすごく最近のポリティカルコレクトネスにがんじがらめになっているけど、本当にそれが正しい事なのか分からない。

何度も言うけど、同じように主張している発信者たちの頭の良さは私なんかの比ではないし、私が言うようなことは全てわかって発言しているに違いないのはわかっているんだけど。

私自身はどうなりたいのか。
私は別にインフルエンサーでもないし、そうはなれないし正直なりたいとも思わない。

今の段階では普通の人以下の収入しかないので、販売の仕事は嫌でも辞められないし、そういう「現実のストレス」も抱えながら生きていかなければならないなかで、そこまで頑張って社会に対してコレクトしなければならないわけでもない。

まずは自分の生活を重要視して生きていきたい。

その中で、誰かの意見というよりは私自身が、社会に対してどうありたいかという考え方をゆっくり見つけていきたいと思います。

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