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映画感想【この世界の片隅に】なぜ戦争は起こるのか?という問題

ようやく「この世界の片隅に」を見ることができましたので、感想です。

映画「この世界の片隅に」のネタバレあらすじ

1944年の広島が舞台に物語は始まります。

主人公は、のほほんと明るい性格のすず。彼女は広島から北條家に嫁いで来ました。戦争に激しさが増し、物資もだんだん制限されていきますが、前向きなすずはなんとか明るく乗り切ろうとします。

しかし空襲の被害や戦争末期では広島の原爆投下など、凄惨な出来事が待っているのでした。

映画「この世界の片隅に」の感想

この作品は戦前~戦後のことがとにかく淡々と描かれた作品です。

すずさんという主人公の視点で、当時の世の中が描かれています。
すずさんは頭がいいわけでも能力が高いわけでもないおとなしくて前向きでおっちょこちょいな普通の女の子です。なので、正直社会の動きにも全く興味はなかったと思います。

だから、この作品には戦争までの世の中の動きはあまり描かれていません。
どちらかといえばすずさんは世の中の動きに抗うことなく飲まれていった、という感じが正しいのかもしれません。

当時の世の中がそうだったのかもしれないなと、この映画を観て思いました。

戦争は、「見えない」ものだった?

この時代の人たちは、もしかしたら自分たちが戦争をしていることを、自分の子供が兵隊にとられるくらいまで気付かなかったのかもしれないですよね。
すずさんたちの周りを見ているとそんな感じに捉えられます。

「戦争」とはいったい何なのか。それはとてつもなく巨大で、強大で恐ろしいもの。

しかも、戦争は「見えない」。
この作品でも分かるように、戦争とは人の命が消えてなくなるまで見えないんです。

もちろん「戦場」としての戦争は見えます。しかし、戦争は戦場だけではない。

見えない戦争だからこそ人は全てが終わるまで、そう、すずさんが最後に涙を見せるまで形になっていなかったのだと思います。

「見えない戦争」を形にしたのがこの作品で、そういった点で私はこの作品の質がほかの作品と比べて非常に完成していると思います。

淡々と描くことの美学

この映画はそういうわけで、前半部分が特に秀逸な作りだなあと思いました。
以前にこのように淡々と戦争を描いた作品はあまりなかったように思えますよね。戦争といえばもうドラマチックに表現されることが多かったので。

特に面白いなと思ったのが、すずの兄が戦死し、戻ってきた遺骨を見た家族が「これ、お兄ちゃんの・・・脳みそ?」とすっとぼけるシーン。
ふつうの映画では涙なしでは語れないはずのシーンが、あくまでもライトに描かれる手腕は秀逸だと思いました。

「この世界の片隅に」の問題点

しかし、私はこの映画に関してはいくつか疑問点もわきました。

「この世界の片隅に」の前半と後半の違い

先ほども書いたように、この映画の魅力は、今までになく「淡々と」戦争を描いたことだと思うんですよ。それは悲劇的でもなく喜劇的でもなくバランスよく描いていたように思えるので。

しかしながら、前半に比べて後半は色んな悲劇に見舞われますよね。
もちろん、晴美の死や原爆被害は言うまでもありません。

そうすると、やっぱりこの映画もだいぶ悲劇的な演出が強くなってしまったのが非常に残念でした。

戦争時代の話なので悲しいのは当たり前なんですが、淡々と描くからいいのであって、後半のドラマチックな演出はちょっとちがうかなと。

もちろん自分の不注意で可愛がっていた晴美を亡くしたり、腕を失ったりすることを淡々と描けと言われてもちょっと、という事かもしれませんが、お兄ちゃんの遺骨のかけらを見た時にすらも笑いを取ってきたので、最後までそういった感情と距離のある演出を期待したかったかなと(別に笑いを取れとまでは言いませんが)。

私はこの映画の魅力は、相当厳しい状況にありながら淡々と描写されることだと思っていたので、その利点が後半はちょっとなくなってしまったかなと思いました。

戦争は自然発生したものではない

それからもう一つ感じたのは、登場人物がみんなあまりにもいい人だなあ、という事です。それがなんか嫌ですね。

もちろん、径子のように少し癖のある人はいるんですけど、基本的にはいい人ですよね。
原作は読んでいませんが、なんというか作品自体が非常に人間というもののいい所を見ようとしている感じがします。
それがちょっと気になりました。

ところで戦争は、どうして起こってしまうんでしょうか?

が起こすんです。
戦争は見えないのに突然起こるわけでもなくて、人が起こすんですよね。

私は「戦争=人間」だと思うんです。

この映画では(他の映画でもよく見るように)憲兵がまるで悪人かのように描かれています。これは、実際に物資を取り立てたりしていたのでもちろん煙たがられてたのはあるのでしょう。

「憲兵」の描き方は悪そのものでした。

悪い人に見えるお姉さんも本当はいい人です。
この作品にはよくも悪くもないという人は出てきません。

私が最も気に入らなかったことは、この作品においてキャラクターたちが辛いことを経験しながらも乗り越えてゆく点です。

お姉さんの描き方など最たるものです。

人にはいろいろ事情があるから、いやな女に見えても実はいいお姉さんという描き方が結局は人の善悪を表現しているように見えるんですね。
それは結局この作品における、日本の国民と戦争のあり方を表しているような気がします。

「戦争」とは何だったのか?

「戦争」とは何だったのかと考えた時に、この作品のように徐々に巻き込まれてゆくものだという受動的な態度で「戦争はダメだ」という言い方をするのは少々身勝手ではないでしょうか?

もしかしたらこの作品は、敢えて「今の自分たちの立場の延長に戦争があったのだ」ということを表現するがために敢えて政治的な部分を描かずに、キャラクター達を全員バカのように描いたのかもしれません。
いやおそらくそういうことでしょう。

それでも映画として、「徐々に巻き込まれてすずさんかわいそう」という結論になるのはどうにもいただけないんじゃないかと。

まあ、この映画に出てくるキャラクターは残らずバカなのですね。
バカだから何も考えずに命を落とし続けたのでしょう。
そして、当時の日本人が、この映画のキャラクターたちのように生活に疑問を持たずに生きてきたのかもしれません。そして政府はそのように操作していました。

でも私は純粋な人間なんていないと思うんです。

注意しますが、これは当時の実際の人たちのことを言っているわけではありません。当然ですが、当時大切な人と失った人はそれでも前向きに生きてきただろうし、それを批判するどころか敬意を表します。

ただ、映画表現としてそれは正しいのか、といっているのです。

さいごに

以上が私の意見です。

沢山の著名人や好きな映画評論家が非常に高評価を出しているので、多少私の中にも迷いがあるというところがあります。

おそらくまた何度か鑑賞することもあるかと思いますが、私の意見が変わることがあるでしょうか。

それから本当に最後になりましたが、のんの声が本当に素晴らしくて、この作品の質の半分はのんの声によって支えられていると感じました。

批判的な私からしたら、のんじゃなかったらもっとかなり批判的だったかもしれません(笑)

そしてのんの声を聴くためにももう一度見てみたいな、とは思います。