今回から、「世界の映画選」というタグをつけて、私が気に入っている世界の名作映画を少しずつご紹介していこうと思う。なるべく、それほどメジャーではない作品を紹介していこうと思う。

今回は、スペイン映画の「オール・アバウト・マイ・マザー」をご紹介。マイナーな作品とは言えない傑作だが、観ていない方はぜひ見ていただきたいと思う次第。

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アルモドヴァル監督「オール・アバウト・マイ・マザー」

シングルマザーとして息子を育ててきたマヌエラだったが、誕生日に芝居を観た帰りに交通事故に合い、息子は死んでしまう。悲しみに打ちひしがれたマヌエラはその死を元夫に知らせるために単身バルセロナへ。

そこで出会ったのは、息子の死んだ誕生日に見に行った芝居の主演女優。マヌエラは息子の死を彼女に伝えずに、旨く彼女の付き人のポストを手に入れる。
さらに元夫を探す中で、マヌエラは尼のロサと知り合う。彼女は実は元夫ロラの子を妊娠しており、さらに彼女からエイズまで移されてしまっていた。ロサは両親とはウマが合わないため、マヌエラが彼女を引き取り面倒を見ることになった。

「オール・アバウト・マイ・マザー」は全ての女性のための映画

久々にこの作品を見直した。
もともとこの映画を観たのは確か高校生の時が初めてで、すぐにこの映画やペドロ・アルモドヴァル監督に夢中になり、むさぼるように観たことを覚えている。しかしその後どんな映画を見てもこの作品を超えるものは現れていない。この作品も、もう何回観たか知れない。

しかし、久々に見てみて今までと違った感想を持つ自分に気が付いた。

上記のあらず次を見てもらえばわかる通り、一見するとストーリーとしては非常に重いこの作品だが、実は映画そのものはそれほど重苦しくない。それは一体、なぜだろうか?

今までで違った感想とは?

同性愛、エイズ、親子の問題、麻薬など多くの問題を描いた作品としては、1時間41分の短さである。実は、もっと長い作品だとばかり思っていた。それくらい内容が濃いのだ。
こんなに暗いテーマを扱っているのに非常に前向きで重くない描き方に感服していた。とにかくこの映画の登場人物は明るいのが、その要因だとばかり思っていた。

しかし再見して、この作品は重くないどころではなく、どっちかっていうとほぼコメディ作品に近いのだという事に気が付いた。

まず、現実ではありえない事柄があまりにも多くて、いちいち面白い。
そもそも、マヌエラが元娼婦でアグラード18年ぶりにゲイの娼婦の巣窟にいきなり乗り込んでアグラードっていう友達と再会することも面白い。このアグラードっていうのは、まあコメディリリーフの一人ではあるが、とにかく彼女の存在はめちゃくちゃ面白い。

さらに、細かいところを見ていればいろいろと面白いところが思い浮かぶ。
マヌエラが主演女優のウマと知り合うシーンの支離滅裂さもかなりのものだと思う。マヌエラはいきなりウマの楽屋に乗り込んで、全然知りもしないはずの助演女優が逃げたことを伝え、ウマはいきなり彼女を信頼して探すのを手伝ってもらう。
いくら切羽詰まった状況だといっても、危険な世の中でそんなわけあるかい、としか言いようがないが、物語はそのまま進んでゆく。

面白い事といえば、助演女優が麻薬中毒で舞台に穴をあけてマヌエラが代役をするというのも非常に突拍子もない。ヘタなB級漫画ならいざ知らず、そんなありがちすぎてなさそうな話を信頼できるわけがないのである。

そうやって考えてみると、結構いろんなところで奇妙な作品なのだ。シュールっていえばいいのか? その奇妙なシーンが淡々と積み重なってこの作品は生まれているのだが、基本的には出ている人は見な不幸なのに前述したとおり皆ハッピーで楽しそうなのだ。

まるで、事情はどうであれハッピーにしていればハッピーになっちゃうんですって言っているようなものだ。

もちろん、彼らはお花畑ではないので、悩み涙を見せるシーンも多いし、そのあたりの描き方に一切の手抜きはない。とにかく重く、つらいという事もこちら側には十分伝わってくる。マヌエラは息子の死後、彼の話が出るとほぼ100%涙を見せるが、いずれも非常に胸を打つシーンだ。

しかし根本的には、幸も不幸も、男も女も、事実も嘘もどこにも境界線などなく、その世界独自の法律で突き進んでいるし、それを信じさせてくれる説得力に満ち溢れているのだ。

全体的にものすごいエネルギーに満ちた作品ではあるが、その頂点に立つのがロサの葬式に現れるラスボスでありマヌエラの元夫・ロラの登場シーンである。
このシーンはとにかくあまりにも強烈な印象過ぎて、さすがの私でも昔から拭い去れない幻影が付きまとうほどだったが、改めて久々に見てみると、私の記憶をはるかに超えたすさまじさだった。
彼女は一体何なんだろうか。とにかくひたすらに面白い。面白すぎる。

この映画を、ちょっとおかしなところがあるけど基本シリアスな名作映画だと思っていたころに比べて、そもそもこの映画がベースとしてだいぶコメディであると認識してしまった現在、このロラのおかしさは既に水面下なんでもんじゃなく圧倒的な笑いとして可視化されてしまった感がある。
涙の一粒一粒、眉の角度まですべてが面白い。しかし、面白いが当然悲しいシーンなので(というか、そもそも悲しい以外の感情が湧き出ないはずのシーンなので)、観ているこっちとしては一体どうしていいのかわからない。ここでも先述した通り、悲劇と喜劇の境目が全くあいまいなままに物語が進んでいるという事である。

「オール・アバウト・マイ・マザー」まとめ

 

この映画は観る者の常識や理想をいったんなしにして再構築してくれるような作品であると思う。全ての女性に向けた作品だと思うが、そもそも女性の定義もあいまいであれば、母の定義もあいまいだ。たぶんこの映画は「世の中全ての男性も含めた女性に向けた映画」なのだろう。

そう考えてみると、おそらくこの映画はあらゆる人々に捧げた映画であり、さらに言えばあらゆる人々を代弁した映画としても完全に成り立っているという事ではないだろうか。

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