冒険家角幡唯介のデビュー作、「空白の5マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」を読了した。
たった一人でチベットの秘境、ツアンポー渓谷に挑むという、聞いただけでも死にそうな冒険に挑み、実際に死にかけた話だった。

スポンサーリンク




冒険家:角幡唯介氏

「空白の五マイル」 ノンフィクション・ライター、角幡唯介さんが魅せられた ツアンポー峡谷の世界

 

角幡唯介はノンフィクション作家であり、冒険家である。

私は本を読むのは好きだけど、結構最近まで角幡氏のことは全く知らなかった。
それは全然意外でもなんでもなくて、私自身今まであんまりノンフィクションに触れてこなかったし、探検家とか冒険家っていう人のことは全く知らなかった。

この人の事を知ったのは、最近NHKのドキュメンタリーで、角幡氏がウクライナからモスクワへのルート1に自転車で挑む、という番組を見ての事だった(ちなみにこの時に既に再放送だった)。

その番組が非常に面白かったし、あまりの道のりの過酷さに、「一体どうして自転車で挑まなければならなかったのか……?」と、隙あらば自分を追い込みたがる冒険魂(しかもちょっと無意味な)なのかなと思って面白くて、ぜひ著書を読んでみようと思ったのだ。

「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」

この作品は、角幡氏のデビュー作である。

角幡氏が大学在学中から取りつかれるように魅せられてきた、チベットのツアンポー峡谷に2度に渡って単独で挑んだ様子が収められている。

このツアンポー峡谷は非常に危険な谷らしくて、角幡氏が挑む前に日本のNHKの番組制作団が訪れ、当時大学生だったカヌーイストが命を落としている。
私は正直あんまり探検の様子というのは文章を読んでいてもよく分からないのだが、何やらかなりやばい、という事だけは何となく分かる。

何よりも異常だな、と思ったのは、素人からしてもそんな危険な探検を、たった一人でやってしまおうという事だ。

比べたらまずいが私も一人旅をしたり、欧州でゆるい遺跡探険をしたりしているので、何となく一人がいいっていうときがあるのは分かるが、冒険度が全然違う。こんな危険な谷に一人で挑むなんて、素人からしたらめちゃくちゃ無謀に感じてしまった。

しかし、当たり前といえば当たり前かもしれないが、この探検をしている時点で、おそらく角幡氏は日本でも多少名の通った冒険家だったんじゃないかな、とは思うわけだ。
そもそもコミュニケーションは中国語やチベット語で行っているわけだし、当たり前だが探険のスキルは日本でもトップクラスだったのではないかと思われる。

文体に臨場感があるし構成も非常に面白いので、興味深く読み進めることができる。
それに、角幡氏自身がめちゃくちゃ面白い人なので、要所要所でいい感じに笑わせてもくれる。

余談だが、最近角幡氏のTwitterアカウントを発見し読むようになったが、あまりにも面白いので遡って最初から全部読んでしまった(アカウントを取ったのがまだ2か月ほど前の事なので、そう分量はない)。

そちらも合わせておすすめである。

2度目のツアンポー峡谷

この本は全体的に面白いのだが、圧倒的に面白かったのは2度目の挑戦でのことだった。

この時も彼は単独で挑んだのだが、1度目の渡航とは違いチベット内で大きな暴動があった後で、中国当局による外国人の入国が極端に制限されてしまったのだった。

普通はそれで諦めるところ、角幡氏は「とりあえず無許可でも大丈夫だろ」と目論んで渡航。そして「思った以上に規制されていた」という事で大変なことになってしまった。

前回はそれほど問題なく峡谷までの案内人を雇うことができたが、今回は一切見つからない。
折角見つけても、途中まで行って降りてしまう(しかも1日しか案内していないのに予定の15日分の金をとられてしまう)。
しょうがないから一人で行こうとするも、異常な寒波に襲われて凍傷になるし、目的地にたどり着けないどころか途中から生きて帰ることのほうを優先させなければならない事態に見舞われる。

食料も尽きかけ、体力もなくなり、対岸に渡る橋が見つからなければ死んでしまう、というところまで角幡氏は追い込まれていく。

こんなことを言ったら非常に切ないのだが、本人もちょっと言ってるけどだいぶ自業自得っぽいからまた面白い。
そもそも素人からみると「ちょっと無理なんじゃないの?」という冒険に挑み、実際にちょっと無理だった。

そもそも冒険なんて「ちょっと無理」な感じに挑戦することが本質ではあるのだろうが、この場合の「ちょっと無理そう」っていうのはそういった危険度とは少し違ったベクトルのようにも見えた。

しかし、実際にその様子を見ていると、こんなことを言っていいのか微妙だがあまりにも危機的過ぎて、きわめて面白かった。

社会に対するテーマについて

あとがきで、氏がインタビュアーに「この本を書くに当たって社会的に何を訴えたかったのか」と聞かれたといっている。

そして角幡氏は、この本を書いている間、私には社会や読者に対して何か思いを込めたなどという事はこれっぽっちもなかったのだ」と書いている。

実は私がこの本を読んでいた時に感じたことで、自分はちょっとスリリングな遺跡探険とかをする事は非常に好きだが、人の冒険譚を読んでいても、正直言って峡谷とかあんまり興味ないしなあ、と思っていた。

ここに何か社会的なメッセージがあればもっと興味がわく。峡谷に挑む以上のテーマが欲しいと少しは思っていた。

だからこのコメントを読んで、何となく納得したのだった。

しかし、今は私は声を大にして言いたい。
この本は、そういう理想や社会的テーマが全然なかったからこそ面白くなったのだ、と。

そもそも割かし自業自得感が強いこの冒険。
空白の五マイルにしたって、中間部分で割とあっさり攻略し、しかも「この峡谷を突破した人が今までいなかったのは、苦しいだけであんまりおもしろいものがないからだ」とまで言わしめる。

しかも後半は無茶を押して峡谷に入り、寒波があったおかげで成し遂げられずに命からがら帰ってくる。

正直言って冒険譚としては支離滅裂な感じがした。
しかし、それこそがリアルだし、だからこそあまりにも人間臭く、面白い。

ノンフィクションというのはあんまり読んだことがないが、ドキュメンタリーを見るのは好きなので少し言わせてもらうと、あまりにも面白いシナリオを作りこもうとする作品が多すぎると感じている。

それは社会性の高いドキュメンタリーでもそうだが、もう少し気軽な旅行番組のレベルでも同じことが言える。
大体がテーマに沿ったストーリーに乗っ取って構成されることが多く、もちろん素晴らしい作品もあるが、人情に訴えたつまらない作品も多い。

しかし、この「空白の五マイル」はそもそも一人の冒険家の無謀な探検をリアルに描いているので、もちろんスリルもあり冒険自体がすさまじいのは分かるが、とにかく正直だしストレートでいいのだ。

これがもし、社会的なテーマをも盛り込んだ(よくわからないが、自然破壊の事だったり、チベットと中国の問題だったり、いろんな切り口があったかもしれない)ものだったら、こんなに純粋に小説を楽しめただろうか。

特にノンフィクションだと、どうしても社会的テーマに重きを置く作品が多いし、私もそれが当たり前で、しかもそれが面白くて観ることが多いのだが、意外とそういう意義とかがないことは斬新ではないかな、と思った。

まとめ

 

とにかく、この作品は面白い。

角幡唯介氏のデビュー作なので、もしかしたら近年の作品はもっと社会性のあるテーマが選ばれていて、作品としてもまとまっているのかもしれないけど、それも興味はあるけど、この「空白の五マイル」は間違いなく面白いので、ぜひとも読んでいただきたいと思う。

その他の本の話
スポンサーリンク